XR:仮想空間に限定するのは20世紀的発想?2Dからスタートを切った「ビジネス・メタバース」
世界初日本発のプロダンス・リーグ「Dリーグ」の神田勘太朗COOをインタビューした際、スティーブン・スピルバーグ監督のSF映画『Ready Player One』の世界観は「すぐに現実のものになりますよ」と予見していた。世界に先駆け、プロダンス・リーグを成功へと導くような人物は、先を見越す能力に長けているものだ。彼がそう話してから2年が経った今年、Facebookが「Meta」と名称を変更するような時代となった。
ただし神田COOは、「バーチャル世界に入りっぱなしという設定なのに、あんなでかくて重たいヘッドギアを付けたままというのは、ありえないですよね。鑑賞者にわかりやすくするためだったのかもしれないけど」と作品への不満も口にしていた。
重いヘッドギアを装着したままで生活するというのは、確かに非現実的ではなかろうか。
夫がIBM、妻がSONYという知人夫婦がいる。SONYでXRヘッドギアの開発時、妻がこのプロトタイプを自宅に持ち帰り毎回、夫でテストをしていたという逸話がある。その際、夫は「映像は素晴らしいけどさ、このヘッドギアしてると10分で首が痛くなって来るんだけど……」が最大の感想だったそうだ。
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ヘッドギアによる行動制限と内斜視問題も
メタバース・ライターの「アシュトン」さんは一日の半分、週100時間をメタバース内で過ごすという。朝起きるとヘッドギアを付け、寝る前にヘッドギアを外すそうだが、ABEMA TVで解説されたその模様を見ても、そのヘッドギアの大きさを眺める限り、一般人にこの生活は無理ではなかろうか。ただでさえ重い頭を細い首で支えている現代人にとって、デスクワークでさえ、頭痛、肩こり、腰痛などを生み出す要因とされているが、さらに重いヘッドギアを装着して生活を続けるとなれば、さらなる負担以外の何ものでもない。
XR系のゲームも数十分で終了するため、耐えられないわけではないが、ヘッドギアを付けたままメタバースに出社し、1日8時間勤務などは、非現実的だろう。もちろん、あのコントローラーを8時間も両手に握っているのも難易度が高い。
新型コロナ前までに世界大会が組まれるようになったドローン・レースでは、パイロットがヘッドギア(ゴーグル)を付けたままドローン搭載カメラの映像を覗き、高速で飛び回る飛行体を操縦する。e-Sports同様、反射神経がものを言うスポーツだけに、幼年期から参戦するメンバーが多いのだが、あまりにも幼年期からこのゴーグルを装着したまま長時間の練習を続けていると、内斜視(寄り目)になってしまうという現状も問題視されている。
こう考えると、仮想空間へのアクセスに必要なヘッドギアについては、少なくともGoogleグラスのように装着による違和感のないレベルが求められるだろう。Googleグラスの開発者、現ジョージア・テック大のサッド・スターナー(Thad Starner)の来日時に話を聞いたが、彼はこのグラスを装着し1日生活しているという。同グラスは1日中装着していても問題ないレベルまで進化しており、確かに実機を手にすると「少々重いメガネ」のレベルまで軽量化が進んでいた。
XRのヘッドギアは果たしてこのレベルまで軽量化されるのか。その進化が、ヘッドギア装着が必要とされるメタバース普及への鍵だろう。もっとも、これらは所詮ハードウェアの問題に過ぎないため、技術革新は年月が解決してくれるはずだ。
「ビジネス・メタバース」なき会社は時代遅れに
では、ハードウェアの成熟までメタバースの普及を待たなければならないのか……というと決してそうではない。我々が慣れ親しんだスクリーンを介したメタバース、つまり2Dの世界であれば、そうしたハードウェアの進化に束縛されることもない。
XRによるメタバースは、その没入感が魅力ではあるものの、ビジネスユースという領域には本格的に踏み込むまで時間を要する。よってXR移行以前、「ビジネス・メタバース」を生み出すラインを通したツールは、日々進歩を遂げ、新サービスのリリースも増えて行くと予想される。
そもそも2003年にスタートした「セカンド・ライフ」はその後、特に日本ではすっかり廃れはしたものの、このメタバース・ブームのおかげで、この領域の先駆者であったことが見直され、市場に還って来たと見る向きも多い。これももちろん2Dからスタートしている。
さらに、新型コロナ禍で堅調な伸張を見せるバーチャル・オフィス・サービス「ovice」のジョン・セーヒョンさんは、むしろ「ビジネス・メタバース」を導入しない会社は「数年以内に時代遅れになる」と提唱。お隣韓国では、政府がメタバースに2兆6000億円の投資を決定。まだ「ビジネス・メタバース」というコンセプトには至らぬ状況ながら、日本でもNTTの澤田純社長が、子会社化したNTTドコモを含め、「打倒GAFA」を明言。VRイベント「バーチャル・マーケット」を運用する株式会社HIKKYに65億円の出資を発表している。
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oviceにおいては、もはや300棟以上のオフィスビルが稼働していると訊く。それは、つまり街の建設からスタートするゲーム「シムシティ」そのものであり、時の流れとともに、その中でビジネスを営む時代がやって来たと捉えることもできる。得てして、ゲームは常にリアルよりも先行している傾向にあるからだ。
「メタバース=XR:仮想空間」と限定するのは、20世紀的発想であり、2Dで閲覧および行動可能な領域が先行して広がる「ビジネス・メタバース」が、実用化への近道と考えるべきだ。そうして2Dで囲い込みされた顧客層が、ハードウェアの進化、普及の過程で3DおよびXRへ移行し、映画のようなメタバース社会が現実となるのだろう。
XRを前提としない2Dのビジネス・メタバースは、まずはこの1年でどこまでが具現化できるのか……ぜひ時代の趨勢を眺めたい。
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