メタバースはひとつの宇宙となるのか、銀河のように集合となるのか
Metaが、かまびすしい。
Facebookが社名と「Meta」へと改称してから、猫も杓子も「これからはメタバース(metaverse)だ」と騒ぎ始めたからだろう。
「メタバース」は1992年にポスト・サイバーパンク作家ニール・スティーブンスンが発表した小説『スノウ・クラッシュ』にて登場した造語とされる。ただし、小説を読んだ方にはおわかりと思うが、こちらは仮想空間のサービス名称に過ぎず、現代のように仮想空間そのものをメタバースと呼ぶものではなかった。
しかし、ご存知の通りメタバースの概念は、「サイバーパンク」の起源とされるウイリアム・ギブソンが1984年に発表した小説『ニューロマンサー』に登場する。この小説で仮想空間は「Matrix(マトリックス)」と呼ばれ、そこに「ジャックイン」することで電脳空間に侵入することができる。1999年公開、キアヌ・リーヴス主演の同名映画『Matrix』の構想はこの『ニューロマンサー』の映画化企画からスタートしたのは有名なトリビアだ。そして作中で再現される「Matrix」は、メタバースそのものである。この世界観では、肉体がケーブルで繋がれる手法を持って電脳空間に没入する。その発想は1989年にスタートした日本の『攻殻機動隊』にも、そのまま取り込まれ、同作内ではこれを「ダイブする」と呼んでいるのはご存知の通りだ。『ニューロマンサー』において舞台は「千葉シティ」、『スノウ・クラッシュ』において主人公は「ヒロ」とどちらも日本へのオマージュが感じられる点は、日本人として少々くすぐったい限りだ。
ちなみに映画『Matrix』はアメリカ英語なので「メイトリックス」と発音すべきで、作中でも繰り返し何度もそう発音されている。この作品を「マトリックス」と呼ばれると、どうにもずっこけてしまいそうになる。2021年12月にリブート作が公開されたので、「気になる」という奇特な方は確認を…。
元祖メタバース!? 「セカンド・ライフ」の登場と日本での受容
こうしたサイエンス・フィクション上では、肉体と電脳空間をケーブルで繋いだものの、21世紀においてもテクノロジーはさすがにそこまで進化していない(はすである)。よって、インターネット・プロトコルを用い「ログイン」することでメタバースに入り込む手法サービスを始めたのは2003年にスタートした「セカンド・ライフ」(リンデン・ラボ社)だ。おそらく世界で初めて、メタバースを具現化したサービスと表現して過言ではないだろう。本サービスは、電通の後押しも手伝い2007年頃から日本でも取り沙汰されたため、現在の30代半ばより上の世代はまだ記憶に新しいのではないか。
電通のおかげもあって(せいで?)、日本でもナショナルクライアントなどもこのメタバースに進出、慶応大学も電通と共同で仮想キャンパスを設立、日本テレビもセカンド・ライフ内で収録した番組をオンエアしていたと記憶している。広告代理店である電通にとってセカンド・ライフ内の広告セールスが同社のビジネスに昇華されるという構想だった。しかし、特にAR/VRの普及前夜においては没入感が希薄だったこともあり、多くのコンベンショナルな日本企業にその概念と構想を理解させるのは時期尚早だったのだろう。電通は2009年以降撤退。日本でもブームは沈静化した。今、振り返ってみれば、ゲーム「あつ森」のリアル版程度と考えればわかりやすいかもしれない。
しかし、世界的には現在でも本サービスは継続中であり、メタバースを見直すという意味では、「元祖メタバース・サービス」と呼んでも差し支えないだろう。メタバース内における土地の売買や仮想通貨もすでに導入されていた観点からも今後、ブロックチェーンやNFTを活用したサービスの追加によっては、再興もありえるだろう。
メタバースの世界は2015年頃からNFTが登場すると、「新たな経済圏」としてにわかに沸き立つ。もちろん、ここには通信の高速化とXRを活用した没入感が寄与しているのは言うまでもない。
映画『Ready Player One』に見るメタバースの世界観
スティーブン・スピルバーグによる映画『Ready Player One』では、このメタバースが具現化した世界が描かれている。映画公開の折には、そのエンターテインメント性に没入してしまい、メタバースの世界観を想像するに至らず終いだったものの、本作を振り返ってみると、XRを活用し、体感ボディースーツを着用しログイン、自身の好みにアバターをアレンジし操る点は、まさに現代のメタバースを表現している。また作中の仮想ゲーム空間「オアシス」におけるコインは仮想通貨であり、入手するアイテム一つひとつは、ともすればNFTとなっている点にも感心するばかりだ。
FacebookがMetaなどと宣言する以前からDecentraland、Dvision Network、The Sandboxなどのメタバース・プラットフォームは存在する。こうしたプラットフォームそのものは、現在パラレルワールドとなってはいるものの、この6月に東京で開催された「Non-Fungible TOKYO」カンファレンスにおいては、ブロックチェーンのさらなる活用により、相互の通行が可能になる構想はすでに進行しているとの耳にした。メタバースが本当にこうした方向に進むのであれば、近い将来にはひとつの電脳空間として機能する日がやって来るのかもしれない。
メタバースの今後
残念なことにMeta社がメタバース領域に本腰を入れて参入する件については、各業界において必ずしも歓迎されてはいない。Facebookがこれまで取得して来た個人ログ、個人情報管理について、企業のエゴに沿う、つまり利益追求のために活用されて来たと見る向きが大勢を占めており、この企業体質はメタバースについても形を変えることはないと評価されている。また、すでにZ世代からはFacebookという「中年以上向け」のサービスから派生する世界観に「未来はない」と捉えられている。
もっとも、FacebookがMeta宣言した観点のみを注視すると、現存する様々なサービスがメタバース化する可能性を秘めている。バーチャル空間にオフィスを構築するビジネスメタバース oviceなどのサービスも実際、51階建ての高層ビルを含む300棟近くの仮想オフィスを建築済である。
すでにアバターが動き回り、同僚に声をかけたり、閉じられた会議室において重要なミーティングを設ける様は十二分にメタバース的だ。もともとリモート・コミュニケーション・ツールであるだけに現状は2Dの世界となっているが、XRなどの活用により3D化するだけで、もはやメタバース上の「オフィス」である。
さて、それにしてもメタバースの世界は、SFのようにひとつのつながった宇宙のような仮想空間世界となるのか、それとも銀河が多く点在するかのように、各種サービスが乱立し、共有することができないパラレル・ワールドとなっていくのかは、現時点で非常に興味深い。
もっとも昭和のオジサンから言わせると、1978年に登場した「インベーダーゲーム」も、初めて目にするゲームという仮想空間において、UFOの侵攻を食い止めるため、たったひとつの砲台で立ち向かうという世界観は十分にメタバースの発芽だったと考えているし、そのトキメキは今の世代には理解されないだろう。あれは極めて小さな世界ながら「宇宙大戦争」だったのだが…。
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