世界経済フォーラム(通称「ダボス会議」)において『Towards a Reskilling Revolution – A Future of Jobs for All 再教育革命にむけて〜すべての人々にとっての仕事の未来』(訳は筆者)と題されたレポートが提出されたのは2018年1月22日のことだ。中にはぴんと来た読者もいらっしゃるだろう。タイトルには再教育革命(あるいは、「リスキリング革命」)というキーワードが含まれている
<参照>Towards a Reskilling Revolution
最近、日本でも「リスキリング」ともてはやされている着想はこのレポートからスタートしている。リスキリングとは、新しい技術を学び、習得すること。技術革新やビジネスモデルの変化に対応することを目的とした、ビジネスパーソンの職業能力開発という意味で用いられている。
当然、デジタルに関連した能力が主眼におかれており、例えば三井住友信託銀行は正社員の7割にあたる6500人を、システム導入などを指揮できるDX(デジタルトランスフォーメーション)人材に育てることを日経新聞が報じたばかりだ。同社はリスキリング(学び直し)に3年で30億円を投じるという。
<参照>日本経済新聞|三井住友信託、正社員7割DX人材に 30億円で学び直し
目次
リクルートワークス研究所が着目した「再開発」 2023年、日本でも本格的な推進が始動
「リスキリング革命」のレポートによれば、現在進行中の第4次産業革命の一端により、アメリカ国内だけでも2026年までにテクノロジーを起因とし140万件の雇用が損なわれ、その余波を受ける57%が女性とされた。また適切な「再教育(reskilling)」により、このうちの95%がより高度な業務に従事することが可能となると記され、ここで「リスキリング」の重要度がクローズアップされるに至った。
日本でこのリスキリングをクローズアップしたのは「リクルートワークス研究所」で、2020年に『DX時代のリスキリング』を発表している。
同研究所はこの時点で「reskilling」を「再開発」と訳している点については今一度、ここで着目しておきたい。同研究所は同年9月、今度は『リスキリング 〜デジタル時代の人材戦略〜』を発表。これが日本における「リスキリング」の原点となっているかに見受けられる。同レポートは「リスキリング」と同時に「アップスキリング」についても述べており、「リスキリング」そのものがドラスティックな変革と力点を置き解説を加えている。
この後、経済誌などでも「リスキング」という語彙が踊るようになり2021年を指し「日本のリスキング元年」などという表現も見られる。
日本では経済産業省が2022年7月からリスキリングについての支援事業について検討に入り、2023年3月31日、『令和4年度補正予算「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」の公募について』が発表され、本格的に「リスキリング」が推進される時代に入ったとしていいだろう。広く社員を対象とするデジタル人材育成の動きは、冒頭の金融機関のみならず、建設業界でもみられている。
<参照>
経済産業省|令和4年度補正予算「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」の公募について
日経クロステック|全社員をデジタル人材に、大林組が取り組むリスキリング
2008年からリスキリングの必要性を見通していたAT&T
リクルートワークス研究所の『リスキリング 〜デジタル時代の人材戦略〜』では、海外では通信の大手AT&Tが早い時期からこの傾向に着目していたことを報告している。
同レポートによれば、AT&T社は、2008年の時点で「25万人の従業員のうち、将来の事業に必要なスキルを持つ人は半数に過ぎず、約10万人は10年後には存在しないであろうハードウェア関連の仕事のスキルしか持っていない」と分析。2013年、「ワークフォース2020」というリスキリングのプログラムをスタートさせ、2020年までに10億ドルをかけ10万人のリスキリングを実施した。
2021年には、社内技術職の80%以上が社内異動によって充足されており、リスキリング・プログラムに参加する従業員は、そうでない従業員と比較し、1.1倍高い評価、1.3倍の表彰、1.7倍の昇進を実現。離職率は1.6倍低いという。
「Yahoo!テックアカデミー」第一期生が卒業。プログラミング・スクールの盛況、待ったなし
日本でも、マイクロソフト、日立製作所、富士通などが積極的にリスキリングに取り組んでいるとされるが、なかでもヤフーがさらに一歩踏み込んで取り組みを見せている。同社は「Yahoo!テックアカデミー」として2022年11月30日にオンライン・プログラミング・スクールを開講。23年5月には第一期生を輩出した。
AT&Tなどの取り組みを振り返っても理解できる通り、リスキリングのための活動を社内向けに展開する企業が多数派である現在、ヤフーは社会課題解決の一環として新規事業を創出したわけだ。 同社はデジタル教育事業を展開するキラメックス社と業務提携。Yahooで新卒エンジニアの育成を行っている社員も企画に参画し、事業会社で勤務するために必要なスキルを習得できる実践的なカリキュラムに仕立てた。同社のエンジニアとの「1on1」によるキャリア相談や、プロのエンジニアによる講義も含まれている。
参加した受講者の目的は「非正規社員からエンジニアの正規社員を目指す」、「地方在住の異業種から都心のIT企業への就職」「エンジニア転向で年収アップ」などがあり、より条件の良い仕事に就きたいという考えが見える。
中には「リモートワークで仕事と子育てを両立させるため将来性のある仕事がしたい」という意見もあり、IT人材になることがライフとワークを両立する手段となっていることがわかる。
経済産業省がみずほ情報総研株式会社に委託、2019年3月に発表した「IT 人材需給に関する調査」によると2023年の時点でIT人材はすでに79万人不足と試算されているだけに、今後こうしたプログラムやアカデミーの需要は増加するとみるべきだろう。
<参照>経済産業省|平成 30 年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(IT 人材等育成支援のための調査分析事業)- IT 人材需給に関する調査 -調査報告書
ヤフーと提携しているキラメックス社が提供する「テックアカデミー」のエンジニア育成コースは2019年と比較し20年の申し込み者は2倍以上となっており、他にも侍エンジニア、デイトラ、DMM WEBCAMPなどのプログラミング・スクールは数多く見られ、需要は高まっている。
リスキリング・IT人材の広まり。いま問われるは、マインドセット
多くの取り組みがそうであるように、「リスキリング」も手段である。より持続可能で、便利で、(物理的にも精神的にも)豊かな社会を実現するための世の中の要請に応える姿勢でもある。こうした技術は、Yahoo!テックアカデミーの受講者の動機に見られたように、より柔軟な働き方を実現する可能性も持つ。
リスキリングというと正直何やら敷居が高いが、ビジネスパーソンにまず要請されるのは、これまでの常識から大きく変わる社会やビジネスモデルへ自身を柔軟に対応させるためのマインドセットの転換ではなかろうか。直感的に使えるデジタルツールなど世の中にあふれている。それらをきちんと活用することもなく「こんなものを使わなくてもうまく行く」「会って話せば早い」などと一蹴した経験に、心当たりはないだろうか。
これまでの常識が通用しない物事に恐れをなすのは、人間らしさでもある。それを乗り越えて、リスキリング、いや、ちょっとしたデジタルツールを虚心坦懐にいじり、使いこなすところから始めてみれば、きっと昭和のおっさんの未来も明るい。
それにしても「リスキリング」というカタカナに違和感を覚えるのは、昭和のおっさんである私だけなのだろうか。どうも最近は官僚を含め、なんでもカタカナに変換すれば「それで善し」とする傾向が強い気がする。私は初めて「リスキリング」という言葉を耳にした際、「リス・キリング」なのか「リスク・リング」なのか「リ・スキリング」なのか、もやもやした感覚が脳内を駆け巡った。そして「reskilling」という英語を目にし、初めてその意味を理解した。
こうした語の扱いについても、さすがはヤフーとひどく感心したものである。同社はこのリスキリング・プログラムについて、報道資料にも「学びなおし(リスキリング)」と記載している。プログラムについてはもちろんだが、こんな語彙への配慮にも脚光を当てたいものだ。
企業でのオンラインツール活用実態を独自調査。変わりゆく職場環境とそれに対する働き手の意識について、より詳細を知る手掛かりに、ぜひ以下リンク先より入手してみてください。