今の40代未満にとって、「ベルリンの壁」崩壊の衝撃は理解し得ないだろう。世界は第二次世界大戦以降、民主主義と共産主義という極めて単純な構図で仕切られており、アメリカ合衆国対ソビエト連邦という東西対立における冷戦が永遠に続くかと思われた。
「永遠」と記したが、振り返ってみれば実はたかだか45年程度の期間。しかしそれでも、そのイデオロギーの対立は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、キューバ危機、プラハの春、アフガニスタン侵攻と歴史的な紛争を繰り返していた。
冷戦が「世界の常識」だった時代にティーンを過ごした「昭和40年男」のような世代にとって、1989年の「ベルリンの壁崩壊」は、真っ暗な対立の時代に、光が差し込んだかのようにさえ思えたものだ。その大転換は「世界はこれから平和に向かうのだ」と思わせるに十分だった。
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リモートワークは不可逆的ではない?「揺り戻し」も散見
実際には局地的な紛争も踏まえ、1989年以降も湾岸戦争やユーゴスラビア内戦を含め、世界から戦争が姿を消した事実はなかった。しかも第二次世界対戦以降、少なくともヨーロッパにおける国家間戦争は、もはや起こり得ないだろうという幻想は2022年、容易に打ち砕かれた。ロシアによるウクライナ侵攻により欧州で戦争が勃発、しかも世界はそれを止める術を持たない事態を我々は目の当たりにしている。
もちろん、専制君主制から立憲君主制、共和制と民主政治への移行期にもこうした「揺り戻し」は起こりえたが、この時代においてさえも、これほどドラスティックな時流の逆行が生じたというショックは否めない。
こうした「揺り戻し」現象は、新型コロナ・ウイルス蔓延により、すっかり移行したかに思えたリモートワークにおいても世界的に散見されるようだ。感染防止の観点からスタートした在宅勤務は、リモートワークを確立させ、新型コロナ小康状態が見込まれつつも2022年には、ハイブリット・ワークの完成もしくは完全リモートワークの時代へと歩みを進めていると思わせた。リモートワークもやはり時代の趨勢として「不可逆的」と思われたものだ。
しかし、GAFAを始めとする最先端企業においても、会社勤務回帰への呼びかけが漏れ伝わって来ている点は既報通り。さらにあのAppleでさえ、従業員をリモートワークから職場に引き戻すポリシーを打ち出した上、Googleから引き抜いた機械学習の責任者、イアン・グッドフェロー氏に職を辞されるという状況を生み出した。
<参照>appleinsider|Apple’s Director of Machine Learning exits over return-to-office policy
辞職の理由はここでは明らかにされていないものの、同氏が「働き方の自由度」について言及している時点で、ほぼ推して知るべしだろう。
日本でも「世界のホンダ」は、人材の多様性、ダイバーシティ宣言を掲げ、このコロナ禍において改革を推進して来た。先進性のホンダらしい動き…と部外者としては感心しきりである。
<参照>HONDA|全従業員への取り組み強化/女性活躍拡大の継続
「おそらく」、ホンダがこのまま働き方改革を進めて行くものと、これも不可逆的に思い込んでいたところ、自動車関連ニュースサイトの Response. に、記事「ホンダ、テレワーク撤廃…連休明けから“強制出社”へ」を見つけた。
見出しに「強制出社」とあるから、穏やかではない。ホンダによる「リモートワーク撤廃」という報道については現在、レスポンス以外に見当たらないのではあるが、こうした話題が浮かび上がって来るという事実は、「働き方改革」においても時流の逆行が起こり得るのではないかと、懐疑的にならざるをえない。
<参照>response|ホンダ、テレワーク撤廃…連休明けから“強制出社”へ[新聞ウォッチ]
こうした不可逆性への「逆行」はなにも勤務形態に限った話題ではないらしく、日刊ゲンダイに「コロナ禍で『デイユース不倫』がお盛んだが…テレワーク打ち切りで終焉か」との記事を見つけ、少々腰を抜けした。「風が吹けば桶屋が儲かる」は、21世紀においても立証されているとすべきか。
コロナ禍で観光業壊滅状態…ホテル業は少しでも悪化した業績の回復を図るべく、昼間のテレワークや会議場所確保の需要に応え、廉価にデイユースを提供して来た。これが歴史上の「バタフライ効果」かと思わせる「デイユース不倫」などという形態まで産み落とし、不倫文化の促進に寄与していたと言うのだから、時代の趨勢は恐ろしい。ゲンダイではリモートワークの終焉、強制出社の促進により、こうした「愛の形」も終わりを迎えるとレポートしている。もっとも、これがどこまで真実なのか、検証しようもない。ひとつの都市伝説的として、羨ましい…もとい、興味深いとしていいだろうか。
<参照>日刊ゲンダイ|コロナ禍で「デイユース不倫」がお盛んだが…テレワーク打ち切りで終焉か
「我々が知っているかつてのオフィスは終焉を迎えた」新しい会社が生き残る未来
不可逆的だと考えていた「働き方改革」による、リモートワークへの流れは、新型コロナの小康状態または雲散により、もとの通勤地獄などが蘇る流れとなるのか。ロシアによるウクライナ侵攻が現実であるように、ホモサピエンスはアップデートされ、世界は平和に向かっているという幻想であると同じように、「働き方改革」も元鞘に収まり、令和は平成に逆走し、リモートワークは終焉を迎えるか。
そんな不安に蹂躙されていたところ、Airbnbのブライアン・チェスキーCEOが、「我々が知っているかつてのオフィスは終焉を迎えた」とインタビューで明言している記事に出くわした。そして、それは「ベルリンの壁崩壊」と同様に光明にさえ見えた。
<参照>TIME|‘The Office As We Know It Is Over,’ Says Airbnb CEO Brian Chesky
彼は既存のオフィスついて「アナクロ」であり「デジタル以前の遺物」と切り捨てている。Airbnbは少なくともアメリカにおいて、国内のどこから勤務しようと給与形態に差異がなく、しかも年に3カ月までは海外からのリモートワークも許可されている。
チェスキーCEO自身、この過去2年間、アトランタ、ナッシュビル、チャールストン、マイアミ、コロラドと拠点を転々しながら業務をこなしていたが「そんなことは誰も知らない」と明言。プラベート・オフィスなどの必要性は否定しないが、いまや従業員はインターネット空間上で業務を遂行するに過ぎず、オフィスに出社して仕事を強いるなど馬鹿げている…としている。
オフィスに依存するなどは古い体質の会社であり(彼はおそらくGAFAでさえ、古い体質と断罪しているのだろう)、今後出現する新しい会社は、もっとモビリティに富み、ノマド的であり、もう10年も経てば、そうした会社ばかりが生き残るとさえしている。実際、社員が集結するリアルな事務所を保有しないoviceなどは、まさにこのノマド性を備えた未来の働き方を推進している。
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必要に応じて集まる「ハイブリッド・ワークの進化形」
また彼は「未来に抗うことはできない」とし、現在が1950年代ではないのと同様に「もはや2019年ではない」と、時代の不可逆性にも言及。さらに今後推進されるハイブリッド・ワークのスタイルも現在、我々の多くが遂行しているような「週に2日は在宅、3日はオフィス」などという勤務形態ではなく、「基本的には在宅」つまりフルリモートワークに近いスタイルとなり、必要に応じて1週間程度インテンシブにオフィスで同僚とソリューションを生み出すような「ハイブリッド・ワークの進化形」にたどり着くと提言している。
経験的にチェスキーCEOの提言には思い当たるフシがある。
マイクロソフト勤務時代、仮にもグローバル企業としては、昔ながらの「テレカン」が比較的頻繁に行われた。現在とは異なりリアルに電話回線を利用、アメリカ本社とのテレカンは日本時間の早朝もしくは深夜、会議室のテーブルに置かれた音質の悪いマイク兼スピーカーに向かって、やや大きな声で話し続け、懸命に耳を傾けなければならなかった。時として、そこに映像が伴ったものだが、レドモンド本社と意思疎通が出来ているのか、いつも一抹の不安を覚えたもの。
しかし、ひとたびシアトルへと出張で足を運び2、3日に渡る缶詰的会議に参加すると、このもやもやが雲散したものだ。さらに年に一度、世界から2万人程度が結集し行われるグローバル・カンファレンスにおいて、その年度のマイクロソフトとしてのビジョンが共有された。このカンファレンスでは、各国のモデルケースとなる取り組みも紹介され、妙に納得したものだ。大喝采を浴びつつ創業者がステージ上に姿を現す、年に一度の「ビル・ゲイツ教の洗礼」を浴びることで、社が向かおうとしているビジネス像全容を理解することが出来たのも、また事実だ。マイアミでのカンファレンスを抜け出し、クルーザーを乗り回したり、キーウェストまでドライブしていただけでは決してないのだよ、元同僚諸君。いや、閑話休題。
「リモートワーク+メタバース」へと変貌
やはりチェスキーCEOの提言通り、今後の「ハイブリッド・ワーク」は「フルリモート+インテンシブ出勤」の「ハイブリットワーク進化形」となるのか。そうであるなら、それはアメリカのみならず、日本社会でも有効性を持つのか、それともここでもガラパゴス的な「島国根性」の日本だけが取り残されることになるのか、興味は尽きない。スペイン在住「リーガ・エスパニョーラ」ビジャレアルの佐伯夕利子さん(Jリーグ元理事)は、ビジネスの観点において「日本には日本のやり方があるとして、すぐに逃げ道を作るのをやめろ」と明言している。
PWCでは、リモートワークについては、デジタルデバイスの発達により、デジタル・ネイティブ社員にとっては、イギリスなどグローバルでのコミュニケーションが活性化したと実感している側面もあると事例を掲載。
また、「弁護士ドットコム」においては、「働き方」だけではなく、リモートワークを活用し「教育移住」を敢行した……などという例も紹介されている。
<参照>
SPREAD|【スポーツビジネスを読む】公益社団法人日本プロサッカーリーグ佐伯夕利子・元理事 後編 「日本には日本のやり方がある」とする逃げ癖を直せ!
pwc|リモートネイティブ世代が業務のデジタル化を語る ―リモート環境を活かしたイノベーションの好循環【後編】
弁護士ドットコム|親子でマレーシア教育移住、コロナ下に踏み切った父の覚悟「リモート時代の新しい姿」
こうして事例だけを列挙して行くと、チェスキーCEOが応えている通り、エッセンシャル・ワーカーとされる医療系や製造業などを除いては今後も不可逆的に新しい働き方が流布されて行くのだと信じたいもの。
同CEOが唱える通り、我々は1950年代に生きているのではない。インターネット・プロトコル登場以前の社会が戻って来ることはなく、携帯電話やスマートフォンがない時代に逆行することもない。リモートワークやメタバースが存在しない時代は過去のものとなった。最終的には、やはり「時代」には不可逆性がついてまわり、それが世の中の真理であるはずだ。
メタバースの登場を加味すれば、10年後の働き方、未来の働き方を考えれば考えるほど「リモートワーク進化形」はさらに姿を変え「+メタバース」に移行すると想像される。問題は、その流れを予見している企業とそうではない企業の格差、予見している経営者とそうでない者の格差は、今後致命的に広がって行くのではないかと想定される点にある。
未来の働き方は、やはり「リモートワーク+メタバース」へと変貌を遂げ、会社出勤への回帰は時代の不可逆性通り、ほとんどの業種において淘汰されて行くに違いない。これと同じくし、蘇ったソビエト連邦の亡霊も、時代の不可逆性に打ち勝つことなく、いずれ雲散するのだと信じたいものだ。
フレキシブルワークという働き方のアイデアについて、全方位からまとめました。働き方改革に取り組む際には、新時代の働き方とその推進方法を理解できるこちらの資料をぜひお役立てください。