マイクロソフトは、リモートワーク領域の先駆者だったのだろうか。
少なくとも2000年代初頭、私が入社した際には、すでにシステム的に自宅や外出先からのリモートワークに支障はなく、むしろ勤務上のルールとして出社が求められていたに過ぎなかった。技術系、開発系のメンバーはPCのスペックなどの問題もあったためだろう、それほど多くのメンバーがリモートを活用しているとは思われなかった。だが、営業系、マーケティング系のメンバーにとって、リモートワークそのものに何ら支障はなかったとして良い。
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西海岸との「テレカン」は自宅から
このワークスタイルは自然発生したものに思えた。それと言うのも当時は特に“リモートワーク”について謳った規則や規制もなかったと記憶しており、業務の性格上なりゆきで実施されていたように思う。これには外資系企業という実態も大きく影響していたろう。
ストラテジー、テクノロジー、マーケティングなど、営業を除くほぼすべての面において、日本オリジナルの戦略は認められていなかった(こう書くと初代社長の古川亨さんあたりにお叱りを喰らいそうだが…)。グローバル企業として、米ワシントン州レドモンドHead Quarter(HQ)による意思決定に伴い、それぞれの戦略が各国でローカライズされていた。これは本社との意思疎通が強いられる環境を意味し、よって海外との「テレカン」が日常的に行われていた。
2020年代の今日、「テレカン」と口にすると、今どきの若者に「いやだなぁ、電話会議じゃありませんよ。WEB会議です」と是正されるのだが、間違っているのは君たちである。「テレカン」は「teleconference」の略であり、遠隔による会議全般を意味する。当時は、実質的に電話回線を使用した会議がメインだったために、こうした勘違いが生まれたのだろうが、Zoomを使用しようが、Teamsを使用しようが、さらにoViceを活用しようが、それは立派な「テレカン」である。
HQは米西海岸。もちろん、テレカンには時差が生じる。サマータイムを除けば日本からマイナス16時間。この時差を日米の営業時間に合致させると、ほぼ重なる時間帯はない。9時始業18時終業と想定しよう。すると日本時間(JST)9時・米西海岸時間(WST)前日17時、この枠以外ほぼ候補がなくなる。
そこにHQと日本支社…この力学が働くと、当然HQが優先される。するとJST 6時=WST14時や、JST23時=WST9時などが日常的に会議時間に指定される。今振り返って見ると、軽く「パワハラ」である。朝6時や夜中12時に会社に在席していなければならないとなると、労務上の大問題に発展しかねない。2000年代とは言え、さすがに「24時間戦えますか」は通用しない時代となっていた。よって、自宅から「テレカン」が許容されていた。
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VPN×フレックス勤務だから、ハイブリッドワークを先どって実現
一方、営業部隊は他日本企業の例に漏れず、勤務時間はほぼ外出というケースも多い。まさか世界最大と謳われたソフトウェア会社、それもパーソナル・コンピュータを主戦場とした社がそれこそ電話連絡で業務…も恥ずかしい限り。外出先からリモートによる業務は日常だった。
もちろんセキュリティの観点から、VPN接続の上、社員証に内蔵されたICを読み込むカードリーダーも貸与され、この双方を使用しない限り社のネットワークに入ることはできないシステムとなっていた。だが、逆にこれが自然とリモートワークを促進する状況を生み出していた。
当時、東京・渋谷区笹塚に日本の本社を置いていたマイクロソフト株式会社(MSKK)は現在より外資としての色が濃かったように思える。2011年より日本IBMのパクリのように社名を「日本マイクロソフト株式会社」に変更。現在は部外者となった立場から眺めると、より日本企業らしさを増したように思える。あくまで私の主観に過ぎないが…。
だが当時、私の所属先、MSN事業部の事業部長もアメリカ人であり、日本国籍以外の社員も少なからず、かつ海外の大卒者、帰国子女も多かった。私もその例に漏れず、事業部長から「お前は日本人じゃな〜い」と揶揄されることも度々。呑みニケーションの場でも、英語と日本語がちゃんぽんというやり取りが日常だった。これにより日本企業と比較し、働き方についても圧倒的に自由度の高い気風が醸成されていた。こうした背景の上に、社の規定として11時から15時というコアタイムが設けられ、フレックスも導入済みだった。
テレカンとフレックスから何が生まれるか。当然、自宅での業務は特別な習慣ではなかった。自宅からVPNアクセスにより始業開始、ある程度、業務遂行の上、コアタイムに合わせ出社と退勤が社の規定に則った上で、実施できた。つまり「リモートワーク」を謳ってはいなかったが、なし崩し的にハイブリッド・ワークを実施されていた。
日本マイクロソフト株式会社は今年7月、「ワークスタイル変革チーム」発足に合わせ「ハイブリッドワークで多様性のある働き方を目指す、日本マイクロソフトの実践」という動画を発表。この中で同社の手島主悦常務は、「ワークスタイル・イノベーション」についてすでに20年間活動していると表明している。
これは私の経験を踏まえれば、決して嘘ではない。しかし社として推進していたかは、また異なる。
それとも言うのも、アメリカ人事業部長の後にNTTからやって来た後任者は「コアタイム制なんか必要ない。全員出社だ!」と大号令をかけていた事実がある。従順な純和風社員はこれに倣っていたが、私を含む外資企業の毛色が強いメンバーは「社の規定を独断で変えるんじゃない」と密かに反発。そのままバイブリッドを遂行していた。(これを裏付けるかのように手島常務は同動画中、さらに「2018年にワークスタイル・ネクストがスタート」と説きつつ、多くの社員がオフィス勤務していたと認めている。)
働き方改革…ではなく、ファミリーケアとワークライフチョイス
それにしても本動画で気づくのは、同社のワーディングの巧みさだ。マイクロソフトはテクノロジーの会社であると同時に、マーケティングの会社でもある。それはPCのバンドリング販売を始め、ロゴやアイコンを世界基準で統合、また買収した事業会社のデザインもあたかも初めから自社ブランドであるかのようにリブランドする鮮やかさ、果てはローリング・ストーンズに楽曲のCM使用を世界で初めて認めさせたり……手法は様々だ。
特にワーディングについて特筆すべきで、どちらかと言えば法的用語だった“empower”という単語を一般化させ、かつ日本にも「エンパワー」として根付かせたほど。今回も「子育て」「介護」など保守的な日本語の代わりに「ファミリーケア」など平易なカタカナで置き換え、ややキラキラ感をもたせている。働き方改革の「ワークライフ・バランス」についても、やや手垢にまみれた感があったためだろうか「ワークライフチョイス」と言い換え、そもそもライフスタイルそのものを「ライフデザイン」へと誘っている。
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こうしたワーディングの力は、繰り返し活用することで、日常生活に浸透して来る。ゆえにやっかいでもあり、かつ企業哲学を広めるには有効でもある。「バーチャル」という言葉が、すっかり「メタバース」と置き換えられ、それがさも新しい世界観のように考えられているのと似ている。
新しく現れた生活様式について、マイクロソフト、もとい日本マイクロソフトのようにワーディング、いわば言語化し、キラキラ感を提供する手法は、いつの時代も常に極めて有効であり、そうした言語化から実現される未来が描かれる点は、認めざるをえない。
「ワークスタイル・イノベーション」についてすでに20年間活動している……とされると、哲学として明らかだったかと問われれば「果たして」と言えるが、実態としては「その通り」と応えざるを得ない。MSKKは確かに、日本におけるリモートワークの先駆者のひとつだった。日本マイクロソフトがこうした働き方改革について、あらためて一歩踏み込むと宣言するのであれば、ぜひその影響力を活用し、鬱屈し閉鎖的な日本の会社組織に率先して革新をもたらす船頭となってほしいものだ。
かつてビル・ゲイツは、「ひとりに一台のマイクロ・コンピューター」、つまり現在のPCを提唱した。もちろん、時代は移ろいスマートフォンを通り過ぎ、ブロックチェーン、メタバース、WEB3.0へと広がりを見せている。インターネット・プロトコルを介したソリューションはマイクロソフトが得意とするソリューションではないが、こうした時代の中、日本マイクロソフトの行く末にも着目したい。
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ワーディングとスピーキングという、2つの言語能力
それにしても、この動画を眺めていると、関係者にはスピーチ・ライターの起用を強く勧めたい。字幕を眺めわかる通り、カタカナ語の乱用が多くみられ、重複、冗長で聞き苦しい。無駄な指示語もあまりにも多い。原稿として書き起こしてみれば、いかに読みにくいスピーチか当人にも理解されることだろう。ワーディングとスピーキング(スピーチ)がまったく異なる言語能力である点が、極めて明快になる。
日本人には、日本人である自分は日本語を話すことができる、日本語を書くことができるという刷り込まれた幻想がある。高校卒業以降、英語学習には勤しむものの、日本語を学ぶ機会はほとんどないというのに。こうした背景が、言葉を巧み操る術を学び直したキャスター出身の為政者を選出してしまったり、少々弁の立つカリスマ的存在に論破されるのを好む日本社会を作り出しているのだろう。
現職者には、ぜひビル・ゲイツの過去のスピーチなど参考して頂きたいもの。さすが“教祖”ともなると、その言霊の威力やすさまじい。私自身、HQのグローバル・カンファレンスでそのスピーチを初めてLIVEで体験した際、彼の登場とともに待ち受ける社員が総立ちで拍手喝采する中、思わぬ出来事に立ち上がり損ねてしまい「しまった、宗教の会社に来てしまった」とたじろいだほど。もっとも、彼のスピーチに耳を傾ける価値は十二分にあった…と20年の時を経ても今なお思うが…。
え、「お前のスピーチはどうなんだ」ですと…。私はあくまで書き手であって話し手ではないので、その点についてはご容赦のほどを。
フレキシブルな働き方を可能にする、これまでになかったワークプレイス。