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「どこでもオフィス」で働く、2人のヤフー社員をインタビュー。西表島からの勤務体験とは【前編】

ヤフー株式会社(Yahoo! JAPAN、以下、ヤフー)が2022年4月に「どこでもオフィス」施策を打ち出した際、「どこでもドア」を想起したのは、おそらく私ひとりではないだろう。

日本全国を自由にどこでもオフィスにしてしまう働き方の名称が、自由に「どこへでも」行くことができるドラえもんのひみつ道具を想起させたのだから、ネーミングした担当者も「してやったり。」だったに違いない。

働き方に異次元の自由度をもたらしたその制度は、IT企業のみならず、日本の「働き方改革」にビッグバンをもたらし、その制度名こそ踏襲してはいないものの、類似の働き方導入を促された大企業も私の身の回りには多い。

今回、この「どこでもオフィス」について、ヤフーに直接訊ねる機会を得た。

▽この記事には前編・後編があります。後編はこちら▽
ヤフー「実験オフィス」本社取材で見えた“役割”【後編】

2022年「どこでもオフィス」を開始したヤフー

ヤフーがリモートワークを導入したのは2014年。元来、PC向けのインターネットサービスからスタートした同社は12年に経営体制が変更されスマートフォン向けのサービスにも注力する中、同社社員が会社とPCに縛り付けられる勤務形態を脱却、スマホやタブレットなどによりどこでも働ける制度へと舵を切った。

スタート当初は月2回までの上限を設けていたものの、2016年には月5回まで拡充。新型コロナウイルス感染症蔓延の影響から、2020年にはこの上限を撤廃するに至った。

一方で出社の際には「午前11時までに出社できる範囲」という居住地についての制限を設けていたが、これを2022年4月に廃止。居住地を日本全国に拡大させ「どこでもオフィス」を完全にスタートさせた。

同社は「どこでもオフィス」について「その最たる目的は、社員一人ひとりが最適な働き方を自ら選択することでウェルビーイングを向上させ、個人と組織のパフォーマンスを最大化すること」と説明する。

もちろん導入に当たっては「さまざまな社内ルールの整備や社員への適切な周知など、入念な準備が必要だった」とする一方で、すでに12 年から導入済だった「1on1」による上長とのコミュニケーション制度、2014年に導入されたテレワーク制度などの土壌があり「スムーズに移行することができた」とのこと。

20年にリモートワーク回数の上限を撤廃した際、社内で実施したアンケートによると9割の社員がリモート環境でも「パフォーマンスに影響はなかった」もしくは「向上した」と回答していた現実も後押しとなった。

さら22年4月、実際に「どこでもオフィス」実施に際しても98%の社員が「とても良いと思う」「良いと思う」と回答。

「これまで育児や介護のためにやむを得ず時短で働いていたが、フルタイムで働けるようになった」、「自宅にいる時間が増加するにともない、家族と関われる時間が増えた」、「通勤時間が削減されることで学習など自己研鑽の時間が増えた」など具体的な声が聞こえるそうだ。

ケース①西表島で働く。魅了された地に定住する楽しみと、家族との時間を両立

西表島に住む、ヤフー システム統括本部技術支援本部の藤堂淑昭(とうどう・よしあき)さん。藤堂さんは子供の頃から自然が大好きだったそうで、テレビ番組で特集された西表島に魅了され、実際に家族で同島に足を運んだことによりすっかり虜になってしまったという。50代も後半に入りセカンドキャリアについて考え始め、そろそろ社を辞し西表島への移住などもぼんやり考え始めていたそうだ。ヤフーには勤続10年以上の社員は最長で3カ月間の休暇取得が可能な「サバティカル休暇」制度があり、2019年6月から8月まで移住を前提に島で過ごしてみたという。

藤堂さんは「(西表島では)『人間が大自然の中の一部になっている』という感覚になります。9割以上が森林に覆われていて、山も川も海もあります。川の水と海水が交わる「汽水域(きすいいき)」では、マングローブや亜熱帯植物などを観賞できますし、生物の多様性を実感できます」とその魅力を表現する。

こうしてテストケースとして会社を辞し移住を視野に入れ始めたところ、同社が「どこでもオフィス」導入。「追い風が吹きまして…」と移住を決行した。

▲システム統括本部技術支援本部 藤堂さん

その時々の業務状況などにもよって異なるが、藤堂さんの典型的な1日の勤務形態は…

 6時半:起床
 7時:始業
 11時半:休憩→散歩
 12時:休憩終了
 15時:休憩→散歩
 15時半:休憩終了
 17時:終業
 21時:消灯

となっているそうだ。

休憩時間は大好きな自然の中を散策。やはり西表島を旅行するのと定住するのでは、大きな違いがあるという。

藤堂さんは「生物の生態は、1年を通して住んでみて初めてわかります。小さい頃から興味があったことを消化できているので、気持ち的に若返っています」と移住が大正解だったと語る。

「ダイビングが好きなので、しょっちゅう行きますよ。山の清流もあり、汽水域にも貴重な魚を見ることができる。自然環境豊かな島なので潜るたびに新しい発見があります」とアイランドライフを満喫している様子がうかがえた。

▲ピナイサーラの滝と藤堂さん

終業後は、地元の中学生を対象に、「寺子屋」と称した地域コミュニティを開催しているそうで、経験を活かし土曜・日曜には野球部のコーチも買って出ている。

「子どもたちと触れ合う機会を作って若返っています(笑)。生活していると現地の生活も見えますし、知り合いもできます。地域とのコミュニケーションも広がっていきます」と、すっかり西表島のコミュニティにも溶け込んでいる。

日本社会が抱える、2つの大きな問題の解決のヒントにも

藤堂さんはもともとヤフーが多拠点施策を敷いていた中で名古屋支社に籍を置いていた。そのため現在では西表島と名古屋の二拠点生活を「6対4」の割合で送っている。藤堂さんのご両親は名古屋にて生活しているため、その様子見の意味合いが強いという。

藤堂さんの「どこでもオフィス」を活用した移住生活には、日本が現在抱えている2つの大きな問題解決のヒントが隠されている。

そのひとつはまさにこうした両親の介護の問題だ。日本では進学や就職となると上京を含め、関東圏、関西圏などに人口が集中しがちだ。そして、ある程度の年齢になると年老いた両親の面倒を見るために、田舎に戻る生活を強いられ勤務先を辞すサラリーマンも少なくはない。しかし、勤務地の選択肢が日本全国に広がれば、両親の側にいながら、そのまま仕事を継続することも可能になる。

もうひとつは昨今、叫ばれている地方での人口減少問題だ。西表島には中学校までしか教育機関がない。島の産業は観光と農業が中心であり、高校や大学進学のために島を出てしまうと関東や関西に就職し、戻って来ない現状があるそうだ。「子どもたちは帰って来たい。しかし戻って来ても仕事が少ない」というジレンマだ。

ヤフーのように「どこでもオフィス」を導入する企業が増えれば増えるほど、地元企業に職を得ることなく、島に帰って来ることができる人は増えるだろう。これは西表島だけではなく、地方創生を実現する働き方改革でもある。

「年配は親の介護と仕事を両立でき、子育て世代は自然豊かな環境で生活でき、若い世代は自由な働き方を手に入れる」、藤堂さんはさまざまな世代がメリットを存分に享受できるのが、これからの働き方だと語った。

ケース②クリエイティブな発想に、リモート勤務がもたらす“リフレッシュと余白”が活きる

次に話を聞いたのはデザイナーとしてブランドコミュニケーション本部クリエイティブ推進部に所属する石川和也(いしかわ・かずや)さん。石川さんは「どこでもオフィス」のスタートとともに千葉に移住。ゴルフ好きが昂じての決断だが、一方でイベント会社の最高顧客責任者も務め、副業も営んでいる。

▲ブランドコミュニケーション本部クリエイティブ推進部 石川さん

石川さんは「ヤフーに入社した理由のひとつとして他の企業に比べて『働きたい』と思う、圧倒的な環境が整っていると感じたこと」と入社の理由について紹介してくれた。

「もともと副業も認められていると伝えられていましたし、自分がやりたいことを常に作り出すことのできる環境がそろっていました。同じ環境を選んだ同期も多かったと思います。これからは企業側も福利厚生などのシステムによって選ばれる時代になっていると思います。以前なら就職のために上京するのが普通でした。ですが、この働き方なら実家にいながらにして働けます。環境を変えずして働くことができればストレスは少ないと思います」と話す石川さん。同社の自由な働き方は、そもそも入社の意思決定に大きな影響を与えたそうだ。

デザイナーである石川さんにとって、特に働く環境はパフォーマンスに特に大きく影響するという。 「クリエイティブを縄張りにしている人にとって、働く環境は本当に大事だと思います。発想はデスクに座って、パソコンを睨んでいても生まれません。身体を動かしたり、場所を変えてみたりなど、リフレッシュの要素がないと、着想がわいてこない。人をたくさん集めて会議をしたとしてもアイディアが生まれるわけではありません。会議中には雑念も多く、本当のアイディアを考える時間は失われているように思えます。アイディアが生まれるのは、むしろ『ぼーっ』としているような時間。余白がある時間に、ひらめきのパフォーマンスが上がると感じます。プレッシャーのない環境、ひとりでいる時間が、一番効率的に時間が使えると僕自身は思います」。

同時に、「もちろん人や職種によっては、他人と会話することでプロジェクトが進行する…というケースもあるかと思います。そうした職種の方は出社し会話を繰り広げ、パフォーマンスを上げるという事を選択できればいいと思います。ですが、デザイナーやエンジニアは、ひとりの時間もけっこう大事だと考えています。こうした環境を整えてもらえるのは本当にありがたいです」と、この働き方に感謝を忘れない。

時間に柔軟性。だから、スキルを高め複数の場に活かせる

石川さんは、「どこでもオフィス」の導入はクリエイティブのみに寄与するものではないと考えているそうだ。副業を営む石川さんにとって完全リモートになって以来、1日の中で本業と副業を両立することが可能になったという。

本業のパフォーマンスが落ちるので副業を許可しないという企業は、石川さんにとってなかなか理解しにくいのだとか。

「気分転換にこっちをやろう、次はこっちをやろうと自分のリズムを作りやすくなったという実感はあります。本業で得たスキルを副業に、副業で得たスキルを本業に発揮できるという機会がけっこう多いんです。副業としては、アイディアを産み、それを発信する業務を手掛けていますが、それはヤフーの仕事の中でも大いに生かされていると思います。」

「単純にどちらかのパフォーマンスが落ちるよね…と考えるのではなく片方で培った能力がもう片方でも活かせる資産になる。そう考え方を切り替えてもらえれば、世の中、幅広くその人その人が働きやすい環境を作って行くことができると思います」と、副業も本業のプラスにしかならないという考えを明かした。

「今の時代、パソコンひとつで副業もできる。場所は限定されません。自分が働きたい時間に働きたい場所で働くことが、今後より重要になってくると思います。人とのつながりは、副業の活動でも広がります。めぐりめぐって、それが本業に生かされるという実感はあります。こうしたメリットをそれぞれの企業も感じ取って施策化してもらうと嬉しいですね」と続けた。

ゴルフ好きの石川さん、時としてまずは早朝にゴルフコースに出て一日をスタートさせる日もあるという。それでもプレーの後、しっかり業務をこなしパフォーマンスを発揮できる環境があることは「とてもありがたい」とか。ヤフーで採用しているフレックス制度のおかげで、このように時間の使い方にも自由度が生まれている。

▲ゴルフをプレーする石川さん

石川さんはこうも口にした。

「新卒で入社した際は、3年ぐらいで辞めるだろうなと思っていたタイプなんです。しかし今、自分のやりたいことができているので、辞める理由が見つかりません。もう7年いるんですが、逆に働きやす過ぎて、これはちょっと辞められないな、と思っています。」

「同期同士で『オレはすぐ辞めるよ』と言い合っていたメンバーも、やはり結局残っています。それはやはり柔軟な働き方を選べる環境を用意してくれているから。その分しっかりとパフォーマンスに繋げていく事は大前提ですが、社員を尊重してくれるヤフーは本当にいい会社だと思います」。

ともすれば自社礼賛に聞こえそうだが、石川さんの言葉には、自由な働き方がゆえに得られる、働くことの充足感が強くにじみ出ていた。

これからの時代、やはり優秀な社員をメンバーに迎えるためにも、生き方のダイバーシティをにらんだ働き方の自由度が必要とされるに違いない。


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ヤフー「実験オフィス」本社取材で見えた“役割”【後編】

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松永裕司
Forbes Official Columnist ● NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ MSN+毎日新聞プロデューサー/ CNN Chief Director などを歴任。出版社、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験から幅広いソリューションに精通。