エンターテインメント、特にゲーム業界においてはメタバースが定着したかのように思えるが、その世界観は刻一刻とスポーツの世界にも広がっている。ソニー・グループは今年3月、英プレミア・リーグのマンチェスター・シティとこの領域での提携を発表。「エティハド・スタジアム」をメタバース上に再現するなど、様々な取り組みを実施して行く方針を打ち出した。
この領域においては、日本も決して遅れをとっているわけではない。
ソフトバンク株式会社はやはり今年5月27日、福岡ソフトバンク・ホークスの本拠地「PayPayドーム」をメタバース上で提供すると発表、商用サービスを導入した。このサービスが採算ベースとして軌道に乗ると、いよいよ日本のスポーツ・ビジネスもメタバース具現化への拍車がかかると考えられ、興味深い。
▼こちらの記事もおすすめ
メタバースでビジネスはどう変わるのか?各業界の変革を解説
メタバースによる新領域創出。実現されたものと、これからの課題
<参照>パラサポWEB|世界のソニーが考える、スポーツ界を盛り上げるためのメタバース構想とは?
プロが投じたボールをバッター・ボックスで体験
ソフトバンクによるメタバースPayPayドームの目的は大きく2つ。ひとつは物理的にPayPayドームになかなか足を運ぶことができない人たちへの体験サービス、もうひとつは観戦来場者に向けたARサービス、新体験の提供となる。
前者においては、ドーム内の象徴的エリアにアバターとして入場、同ドームのエントランスからコンコース、そして観客席へと足を運ぶことができる他、一般観客が実際には入ることができない選手ロッカー・ルームなども周遊できる。さらに現在はソフトバンクが提供する「ベースボールLIVE」にて無料配信されている試合については、メタバース内に設置されたビッグスクリーン上で観戦できるほどまでにサービスは進化している。
こうしたメタバース上での体験は、チャット機能を通じファン同士で応援することができ、現在は新型コロナ対策により禁止されている声出しや鳴り物を使用しての応援も可能となっている。WEB2.0によるSNSの隆盛によりすでに自明の通り、コミュニティ機能はIPを介したサービスにおいて不可欠であり、その機能をメタバース上に構築することで、SNSのように常にファンが訪れる場を提供する方向を狙っている。
野球ファンにとってたまらないのは、プロ野球選手の投じたボールを、ほぼリアルタイムで左右のバッタボックスおよびキャッチャーの視点から体験できる機能。投球はCGにより再現されるもののVRモードが搭載されていることで、よりリアルな生体験を可能にしている。これは国内スポーツ界においては、初となる準リアルタイム投球体験サービスだ。
また、ドーム内でメタバースを体験できるサービスもある。
実際にPayPayドームを訪れたファンに向けては、ARを駆使したコミュニケーション・サービスをそろえた。球団公式Vtuber鷹観音海(たかみね・うみ)と有鷹ひな(ありたか・ひな)が登場するほか、藤本監督のアバターもAR上で迎えてくれる。
またスタンドにおいても、練習見学コースでスマホをかざすと選手情報や投球解析といった他では得られない情報を入手することが可能だ。
今後の課題はメタバースの継続体験
このスポーツ・メタバースについて、ソフトバンク株式会社サービス企画本部コンテンツ推進統括部メタバース・NFT部の加藤欽一部長に話を聞いた。
加藤さんによれば、バーチャルおよびメタバース領域においてビジネス開拓を行う上では、圧倒的な熱量を持つファンに向けてサービスを提供する必要性があるという。そして、そのためにはグループ内で熱くファンの支持を受けるホークスの力を借りるという戦略はきわめて自然の流れだったと説明してくれた。
しかし、メタバース・ビジネスにおいては、まだまだ2つの大きな課題があると加藤さんは指摘する。「ひとつは、やはりメタバース内に継続して足を運んでもらうことです。どうしても箱を作っただけではファンは増えません。そのためにはイベントを開催するのですが、やはりイベント終了後はなかなかそのまま滞在してくれることはありません。どう継続的にファンに訪れてもらうかが課題です。もうひとつは、まだまだ市場が成熟していないという点。このためにはやはり今後2、3年かけて市場を育成する。そのためには当初熱量の高いファンを囲い込む必要があります」と分析している。
こうした背景から、ソフトバンクは2019年3月からメタバース・ビジネスにおいて実証実験を繰り返している。例えばBリーグの試合会場でもVRによる多視点映像などを来場者に提供、その体験によるフィードバックを積み重ねて来た。こうした実績を踏まえ、今年より同ドームおける商用サービスの提供に踏み切った。
加藤さんは今後の展開についてすでに次のステップとして、メタバース内におけるEコマース・サービスとの連携を開始、さらにファンのアバターについては、UGCを駆使したウェアの着用なども推進させる予定のようだ。
加藤さんはこうした試みについて「試合観戦そのものを置き換えるという方針はありません。むしろ体験そのものを拡張するかたちでバーチャルやメタバース体験をしてもらえればと考えていますし、この世界観はドーム内のみならず、福岡の市内全般を取り込むことも想定しています。そしてさらに“PayPayドーム+福岡”のビジネスモデルを他の主要都市にも展開できないかと考えています」とその構想を明かした。
球界では現在「トラックマン」と呼ばれる解析システムを球場に導入している球団が半数以上を占める。このトラックマンから取得したデータを、メタバース上の投球体験に反映させれば、メタバース内で千賀滉大のお化けフォークを体感したり、ともすれば佐々木朗希の160キロを体験することも可能になるかもしれない。
こうしたソフトバンクのメタバース構想に耳を傾け、ますます夢は広がるばかりだ。
しかし、ビジネス・プロバイダーとしてもユーザーとしても、まだまだこうした市場に参入できない企業も少なくはない。自社でテクノロジーを持たない企業などは、ソフトバンクのような技術がOEMされるような時代まで指を咥えているしかないのだろうか。
温かい二次元のバーチャルRIZAPジム
先日、RIZIPが提供するバーチャル・オフィスにおけるオンライン・プログラムが展開されているというので、少しだけ覗き見した。もちろん、新型コロナ席捲以降、すっかりリモートワークが染み付いているわけで、巷ではリモートの働き方改革によって運動不足とやらが量産されていると聞く。その運動不足解消に意外に人気なのだとか。
私自身かつては(つまり、40年ほど前)「地上で行われるスポーツのほとんどは得意(カナヅチだから)」と豪語し、ジムではトレーナーを凌駕するなどが自慢だったので、「オンライン・プログラム」などは、“スポーツの苦手な者が参加するイベント”に違いないとレッテルをベタ貼りし挑んだ。
このプログラムがフォーマットとしているビジネス・メタバースを提唱するoviceは、アクセスすると人気ゲーム「あつ森」のような温かい二次元のバーチャル・ジムを再現。参加者は形式上、整然とヨガ・マットが敷かれたバーチャルジム内において、自身のアイコン(簡易アバター)をマットに上にポジショニングし準備万端。リモートツールのカメラをオンにすると「いかにも!」というRIZAPのインストラクターさんが、バーチャル空間上のスクリーンに映し出される。
「ovice」を導入している各社メンバーの方々もカメラをオンに。すると個人で参加されている方、事業部ごと参加されている会社さんのメンバーがグループで映し出される。
冒頭、インストラクターさんから発せられた参加にあたっての留意点も明快そのもの。
- 水補給
- 自分のペースで
- トレーニングスペースを確保
そして、そのタスクに必要なのは両手を肩の高さに広げ前後左右にそのスペースを確保するだけという。そして、この日のプログラムのタスクはたった2つ。
- シットアダプション
- スプリットスクワット
「では、さっそく」と各自、PCを前にし、各タスクに取り組むことに。
これも「大したことなかろう」と斜に構え眺めていると、さすがプロのインストラクター。その指示とはここまで的確なのかと驚く。しかも参加者のカメラ映像を確認しながら「◯◯さん、もう少し深く腰を落としましょう」など、特定の筋肉に負荷がかかるよう明快な指示が飛ぶ。適当に見様見真似で実施するのと、この指示によりしっかり補正され実行に移すのでは、効果のほどが異なるのは素人目にもわかる。
ほんの数分間、このプログラムを終えた参加者の中には、両足が生まれたての子鹿のようにガクブルしているメンバーも…。デスクから立ち上がった程度のスペースで、しかも数分のプログラムでここまで効果があるとは、正直たまげた。
最後にインストラクターから、さらに重要なアドバイスで締めくくられた。
- 大切なポイントは、自分のハードルを低く、無理なくできるプログラムから
- すでに習慣化されている日常生活そのもの前か後に取り入れるのがおすすめ
- ひとりでできない場合は、誰かの力をかりるのが一番
とのことだった。
どうしてもRIZAPというと、けたたましいBGMとともに「使用前使用後」のモデルが登場するCMばかりが印象に残っているが、やはり今の時代、ハードなエクササイズ・ジムとしてだけではなく、健康管理にも着目したプログラムが人気なのだそうだ。
スポーツをテーマとした2つの対極的なソリューションを目の当たりにし、これは受け手側も、思考を柔軟に保ち、世界観そのものに極端なレッテルを貼らぬよう心がけねばと、脳内エクササイズをこなしたような気分にもなった。
スポーツ界のバーチャル化、メタバース化は、今後どのような進化を遂げるのか、期待感を持って、さらにその動向を見つめておきたい。
あ、そうだ。RIZAPのあのプログラム、今日もやらなきゃ。