「オフィス回帰」3か月も、出社ブームは頭打ち?街には本当に人が戻ったのか
日本では新型コロナ・ウイルス(COVID-19)が5月8日をもって「5類感染症」に指定され、政府として「日常における基本的感染対策を求めることはない」という日常を取り戻しつつある。
これにより日本の働き方も「オフィス回帰」が強力に促進された…と考えるのは、実は時期尚早だったかもしれない。確かに「オフィス回帰」の動きは見て取れたものの、夏までにそれも頭打ちとなった可能性がある。
目次
大企業ほど働き方を変化させたコロナ後
2023年5月14日にNHKが報じた帝国データバンク調査によると、働き方が「コロナ禍前と同じ」と回答した企業は39.1%に上り、ほぼ40%近くがコロナ前に回帰した模様だ。
一方で、「コロナで変化」と回答を寄せた企業は38%となり、「回帰の有無」についてはほぼ「互角」。しかし、コロナ期前後では40%に近い企業が変化を強いられたと考えれば、より興味深い。これは全国1万1400社以上の企業が回答した統計だけに、その信憑性は高い。
またさらに従業員1000人以上を抱える企業では、52.9%が「コロナ前と異なる」となっており、一流企業ほど「オフィス回帰」は見送られる傾向にあるようだ。
<参照>NHK|5類移行後の働き方 リモート浸透の一方で出社に回帰する企業も
同じくNHKが2022年に引用した同年6月の内閣府の調査を眺めてみると、「不定期」も含め、リモートワークの実施率に言及されている。
全国でも2021年4月以降30%前後で推移して来た潮流が見られ、東京だけに限っても22年6月には50%程度。地方では22.7%と限られている点を振り返ると、そもそもリモートワークを導入しなかった企業と「コロナ禍前と同じ」と回答した社はほとんど同一と読み解くこともできるだろう。
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混雑率から見る都市別傾向。2022年に人出の戻ったエリアは名古屋>大阪>東京
アンケートに依らない、リモートワークを示す明確な数値はないものかと探すと、国土交通省が2022年の「三大都市圏の平均混雑率」のデータを発表していた。
東京の混雑率だけを眺めても2019年の163%という混雑率に対し2022年は123%。昨年時点では40ポイントばかりは回帰していない。大阪はオフィス回帰が多いのか2019年の混雑率126%に対し22年が109%とその差17ポイント。名古屋では19年が132%に対し22年が118%とその差14ポイントであり、東京圏のほうがリモートワークの定着率は高いようだ。
国交省の今回の統計発表は2022年までを対象としており、2023年の統計は来年の発表となるが、この数字が詳らかになれば、「オフィス回帰」の規模が明らかになるだろう。
<参照>
国土交通省|三大都市圏の平均混雑率が増加~都市鉄道の混雑率調査結果を公表(令和4年度実績)~
国土交通省|三大都市圏における主要区間の平均混雑率・輸送力・輸送人員の推移
鉄道ジャーナリスト枝久保達也さんの考察によれば、図表の通りターミナル駅であるはずの渋谷の混雑率順位が2019年から2022年にかけて落ち込んでおり、やはりIT企業などによりビットバレーを中心に、リモートワークが定着したのではないかという見方を示しており、興味深い。
<参照>ダイヤモンド・オンライン|「鉄道混雑率ランキング」上位路線が激変→東西線は8位、埼京線を上回るワースト1位は?
2023年、アメリカ10都市の公共交通機関の利用率回復は60%に留まる
日本のデータが2022年のものに限定されるので、アメリカにデータにも目を落としてみよう。
実際にどれほどオフィス回帰が進み、オフィス回帰が頭打ちとなっているか公共交通機関に着目したのは米スタンフォード大学経済学の専門家ニック・ブルーム教授。ブルーム教授は「ビアンコ・リサーチ」の調査に注目。この調査はニューヨーク、ロサンゼルスなど主要10都市の公共交通機関の利用率を比較したものだ。
コロナ前と比較すると、その利用率は10都市全体60%までしか回復していないと示している。アメリカ全体としてはもともとクルマ社会ではあるものの、公共交通機関の利用率が60%までしか回帰していない点は、リモートワークの定着度を眺めるひとつの指標だろう。
さらに興味深いのは、シリコンバレーを抱えるサンフランシスコ。ここでは50%までしか回復しておらず、やはりIT企業を中心にオフィス回帰が進んでいないと読み取ることができるだろう。
<参照>INSIDER|The RTO push is over. Hybrid work has won out, says nation’s top remote-work expert.
こうした傾向は日本のIT関連企業でも見られているし、さらには不可逆性を備えていることもうかがえる。
たとえばヤフー株式会社では、在宅のみならずどこでも働ける「どこでもオフィス」を導入済。そして東京の紀尾井町オフィスでは「実験オフィス」という名称のもと、働きやすいオフィスの具現化も推進している。
同社では出社の動きが見られた2022年時点でも、オンライン中心の働き方をさらに推進することで個人と組織のパフォーマンスを最大化する方針を掲げていた。そして筆者の知るところによれば「5類感染症後」もこの方針に変わりはないようだ。
<参照>
ヤフー株式会社|ヤフー、通勤手段の制限を緩和し、居住地を全国に拡大できるなど、 社員一人ひとりのニーズにあわせて働く場所や環境を選択できる 人事制度「どこでもオフィス」を拡充
Z HOLDINGS|【ヤフー×LINE/働き方対談】オフィス環境のアップデートで従業員のウェルビーイング向上へ
こうしたITや通信事業を生業とする企業に代表される動きは、この4年のうちに出社せずともリモートワークで十二分に勤務可能と働き手側の意識革新がなされた点も大きく影響しているに違いない。
働き手意識にはすでに大きな変化
転職サービス「with work」を運営するXtalent株式会社が2023年6月に行った調査結果「ワーキングペアレンツの転職意識調査」がある。これによると、20代から50代1085人(女性78.2%、男性21.1%)を対象とした結果、「リモートワークの撤廃、縮小」に反対は48.7%。一部賛成は37.9%で、純粋の賛成1.3%を大幅に上回る結果となっている。
また、フル出社についての設問では、76.6%が反対の立場をとっている。こうした調査は、働き手の意識の変革を明確に裏付けている。
同調査では、企業選定の基準について、2019年以前では、もっとも重要視する項目のトップ3が、1位「仕事のやりがい」、2位「自分の経験が活かせる、成長できる」、3位「一緒に働く経営者・仲間の人柄、社風」だったのに対し、2023年6月時点では1位「リモートワーク可」、2位「柔軟な勤務時間(フレックス制度、時短、時差出勤)」、3位「子育てに理解があるカルチャー」となり、「仕事のやりがい」は4位に転落した。 こうした働き手の意識変革を企業側はしっかり認識する必要があるだろう。
<参照>XTalent株式会社|ワーキングペアレンツの転職動向調査2023(PR TIMES)
そのほか、リモートワークのメリットについて、「出勤の負担が減る」、「育児や介護との両立がしやすくなる」、「プライベート・家族と過ごす時間が増える」…という私生活でのメリットがトップ3を占めた一方、「フルタイムで働くことができる」、「仕事の作業効率・生産性が上がる」、「集中して作業がしやすい」は4位から6位となっている。つまり、働き方が楽になったという回答が上位を占めつつも、さらに生産効率向上を自覚する働き手が相当数に上ることがわかる。
刻々と変わるのが世の常。世間の潮流を読み解くべし
今回確認したデータからは、大企業や情報通信業では出社オンリーのスタイルを脱しつつあることがうかがえる。「オフィス回帰」のムーブメントは普遍的とはいえず、地域や業界によりギャップが生まれている。
働き手の意識に変革が起こっている以上、こうした変化に気付かずに「オフィス回帰」を促すと、どんどんその認識の乖離は広がり、労働力を簡単に失う状況すら生み出すだろう。
この3年の間に「リモート・ネイティブ」の若手も現れている。中高年は「Z世代」を十把一絡げにする世代論にかまびすしいが、現存する「リモート・ネイティブ」についても熟考する必要があるだろう。こうした世代は「出社を強要されたらどうするか」という仮定に対し「辞めます」「転職します」とあっさりと回答する。
昭和のおっさんを中心にどうも旧態然とした働き方に固執する傾向にあるが、「オフィス回帰」は当然だなどと押し付けがましいようだと、もしかするとご自身が「オフィスに帰って来ないでください」と三行半を突きつけられることになりかねない。世間の潮流には、くれぐれもご留意のほどを。
変わりゆく職場環境とそれに対する働き手の意識について、より詳細を知る手掛かりに。oViceによる独自調査の結果は、レポートをダウンロードいただくとご覧いただけます。ぜひ以下リンク先より入手してみてください。