リモートワークの先駆者、日本マイクロソフト新入社員研修に学ぶこと
2000年代初頭には事実上、マイクロソフトにおいてリモートワークが可能だった点に触れ、同社は日本においてリモートワークの先駆者ではなかったのか…という振り返りは、以前記事にてお伝えした通り。
日本では2020年初頭から新型コロナウイルスによる感染症蔓延により、強制的にリモートワークがスタート。折からの「働き方改革」推進の波もあり、先進的企業ほど働く場の自由度は高まり、会社以外でのワーキングスタイルが確立された時代となった。リモートワークを導入していない企業は、もはや恐竜並みに時代遅れと目されている。リクルーティングにおいてさえ、「リモートワークは何割ほど実施されているか」という質問は、被面接者からの定番となっているほど。
そんなリモートワークにおいて、「コミュニケーションを取りづらい」とされる言い訳と並び問題点として掲げられるのが、“新入社員の教育”だ。コロナ禍において新卒採用により入社したものの、「まだ3回しか出社したことがない」もしくは「一度も出社したことがない」などの実情も見られ、業務推進の手法も身につかず、離職率が上がったという例も聞かれる。
特に「リモートワーク時の孤独感」については、若年層ほど数値が高く、リモートワークにおける新入社員の教育には、手を焼いている社も多いという。
そこでリモートワークについて、パイオニアでさえあった日本マイクロソフトも同じ問題を抱えているのか、ふと疑問に思い訊ねた。
確立されたマイクロソフト的、的確な研修
結論から始めてしまうと、マイクロソフトはマイクロソフトだった。
マイクロソフトから日本の広告代理店に転職した際、驚いたのはその非効率性だった。「自分のことは自分で」と言えば、聞こえは良いだろうが、だらだらと残業するのは当たり前、些末な書類申請から交通費の精算まで、いっぱしの年俸をもらっている社員が、勤務時間を費やし処理する様を美徳とする点には、少なからず驚いたもの。
交通費精算のために、領収書とにらめっこしていると「そんな作業のために、お前に給料を払っているわけじゃない」と取り上げられ、残業すれば「お前は無能なのか」と上司に睨まれる…そんな外資で育った者からすると、まさに異文化だった。効率悪く、長時間働くほど「仕事ができる」とされた。
マイクロソフト時代を振り返ると、職級職責に合わせ非常に的確な研修カリキュラムが組まれ、そのカリキュラムを受ける度に、目からウロコ的な業務遂行手法を身に着けたもの。しかし、日本の広告代理店では「研修なんか受けるぐらいなら、その間に仕事しろ」という文化だった。広告代理店が特殊の業種だからではないか…という点は否めないが、日米9社勤務した経験では、マイクロソフトほどこうしたカリキュラムがしっかりした社は、日系企業にはなかった。今回の取材でわかったのは、新入社員研修においても、こうした文化にゆるぎはない…という点だった。
日本マイクロソフト株式会社人事本部HRコンサルティンググループ堀江 絢マネージャーによると、新型コロナ蔓延当時は、マイクロソフトとは言え、多少の混乱はあったという。
日本でコロナが本格化した2020年2月。この時期には4月1日入社予定の新卒向けのカリキュラムはオンサイト、つまりオフラインでリアルに実施される計画が決定されていた。よって20年度の新入社員研修は、オンサイトのままか、それともハイブリッドで実施するのか、二転三転しながら最終的には、フルリモートでの新入社員研修に決定された。
この顛末そのものは、おそらく他企業でも同様だったのだろう。だが同社のフルリモート研修についての新入社員からのフィードバックは、過去3年間で
- 2020年=3.75
- 2021年=4.00
- 2022年=4.42
と5段階評価で着実に成果を挙げている。
これにはいくつか理由がある。
極めて有効なインターンシップ制度
まずはマイクロソフトの新入社員は、選考過程に入る前から、様々なプログラムを活用し、会社に対する理解を深めてもらってから採用に至る。20年ほど前は、このインターンシップも技術職に限られていたが、現在はこれを営業職、マーケティング職などにも拡充。ほぼ100%に近い形でインターンシップ経由での採用となっている。
よって新入社員研修を発注している外部ベンダーから、マイクロソフトの新入社員は、他社の2、3年目あたりの基準で接する必要があると評価されるほど、すでに新入社員からレベルの高さが生じるという。このインターンシップの拡充は、新入社員の離職率を圧倒的に下げる効果にあらわれているという。
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堀江さんは「新卒採用チームも、かなり頑張った結果、優秀な新入社員が多いと感じます。その優秀な社員をいかにマイクロソフトのカルチャーに巻き込むか、またそのスピードをいかに上げるかがテーマです。弊社のグロースマインドに沿った新人はケイパビリティも高く、研修の日程やテーマも受け身ではなく、自分たちで考えてもらう場合が多いです」とインターンシップの優位性を認めている。
研修そのものも座学は少なく、インタラクティブでコミュニケーションを必要とするカリキュラムが組まれている。しかも、メニューとして渡されるものばかりではなく、グループ学習の際にグループ内で自ら「お題」を定め、それに取り組むなど、アクティブなメニューが多いのも特徴。朝礼でさえ、HRからテーマを出すのではなく、各グループ独自のアクティビティを組み、社員の主体性を最大化しながら、実行させるという。
リモートワークについて、ちまたの若手社員からコミュニケーションを取りにくいというクレームについては、「ちょっとした質問ができない」「雑談によるコミュニケーション向上が図れない」という項目が散見されるが、同社ではこれを独特の制度によりこれを回避している。
それがOnboarding Buddyと呼ばれる制度(以下、Buddy制度)だ。
Buddy制度とリバースメンタリング
Buddy制度は、わかりやすく表現するといわゆるメンターなのだが、メンターのように「上役」という立場よりも、「Buddy」という言葉にも現れているように新入社員と対等な立場として相談役となる。Buddyは入社前には指名され、中途社員にもあてがわれるが、新人の場合は2年目の社員、3年目の社員、さらにはマネジャー…というように3名ほど指名される場合もある。
新しい環境に入ったメンバーは何かと疑問に思う事柄も多い。例えばPCやプリンターの設定、ツールの使い方など日常の業務に関わらず、些末で手を挙げて聞きにくい事柄は多い。そんな時、こうしたBuddyに「ちょっといいですか」と質問できるし、雑談でもかまわないという。
また、20年以上前から存在する制度として、マネジャー職との1on1ミーティングはマイクロソフトでは週1を勧められているので、これによってフォローアップもされる。
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今回の取材をアレンジ頂いた同社・広報の金澤聖訓さんは24年前の新入社員。「その頃はまだ慣れていなくて、マネジャー・クラスに話かけるのにピリピリした緊張を味わいました。当時は社員の座席に囲いがあったので、他部門の座席に足を運ぶのも、精神的なタフさと勇気が必要でした。現在は職場も構成もすっかり変わり、フリーアドレスで仕事をしていると、隣に執行役員が座って、話しかけられるという状況が新入社員にも生まれています」と、同社内でもやはり変革が生じているという。
もっとも興味深かったのは、リバースメンタリングだろう。メンター制度の一種だが、これは上級職メンバーに対して、新入社員など若手メンバーが、メンターとしてアサインされるもの。「今の若者」から、かつての若者が学習する機会が設けられている。こんな制度からもわかる通りマイクロソフトでは「俺がマネジャーだ、俺の言うことを聞け」は通用しない。
こうした制度が「不足している」と常々レッテルを貼られがちなコミュニケーションの向上に役立たないはずはない。
堀江さんは「マイクロソフトの価値観として新入社員への“リスペクト”は大きい。新人だからまずは雑用から、または軽い業務から…という発想はありません。新入社員だから何もできないという色眼鏡もありません。ひとりひとりに合わせ、活躍の場がすぐにある。1年目から飛び抜けた成績を残し、社内の表彰を受ける新人も少なくありません」とマイクロソフトの原点となる哲学を教えてくれた。
オンラインでもオフラインでも、入社研修時に新入社員という色眼鏡をなく接することは、もっとも重要な相手へのリスペクトを伝える態度ともいえるだろう。
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