孤独はホモ・サピエンスの敵 リモートワークでも「他人との関係性を意識せよ」
イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハルリのベストセラー『Sapience A Brief History of Humankind』でも詳らかにされている通り、ヒト科に属するホモ・サピエンスが、なぜ筋力としては勝るとされる同じヒト科のネアンデルタール人などを凌駕し、地球上に繁栄するに至ったかの鍵は、高度なコミュニケーション能力によるとしている。特に物理的に現存する事象のみならず、時間軸、空間軸を越える表現、そしてその概念を共有する“物語”の能力を持ち得ていたからだ。同じく言語を操りつつも物語の能力を備えず単独もしくは少人数で行動するネアンデルタール人などと異なり、集団行動により他種族を駆逐、もしくは取り込んで行く大きな特長たりえたという。
これは後世になると、紀元前4000年頃にバビロニア、カナーン、ハッティといったエリアに散見される“世界最古の物語”へと結晶化し、ギルガメッシュ叙事詩を生み、旧約聖書やホメロスなどに脈々と受け継がれ、我々21世紀に生きる現代人までがその物語を知る源流となった。これは『古事記』が口頭伝承に由来することを振り返れば、日本人にも想像は容易だろう。
大げさに言えば我々人類は高度なコミュニケーション能力を操り、物語を伝承する能力に長けていたからこそ、定住農耕、富の蓄積を生み出し、ほか種族を抑え、この地球上で繁栄を勝ち取った。ハルリは、こうして人類が飢餓、疫病さらには戦役などに打ち勝って来たとしている。
感染症が打ち消すホモ・サピエンスの特長
外科手術後、薬剤耐性(AMR)を持つメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の感染症により父を亡くした経験を持つ私は、多くの外科手術により延命、健康維持が可能となった現代おにおいて、人類の敵はこうした感染症なのだと考えるに至った。そこに2019年末より、世界は新型コロナ・ウイルス感染症に苛まされるパンデミック期へと突入する。
世紀末主義者ではないが、このパンデミックは人類にとって黙示録の啓示なのではないかとさえ考えた。人口激増は前々世紀から地球上の多種多様な種族を絶滅へと追いやり、石化燃料を食いつぶし、地球上にプラスティックゴミなどを撒き散らし、二酸化炭素による地球温暖化を促進、放射能物質さえも拡散している。COP15によると、環境破壊により約100万種の生物が絶滅の危機にあるとされており、パンデミックは地球の意思に基づいた、人類を駆逐するための特効薬なのではないかと想像を巡らせてしまう。
飛沫、空気感染が考えられる疫病は、人と人の接触を絶つという対応策が求められ、これは高度コミュニケーションを長所とするホモ・サピエンスにとって脅威足り得る。個々人の力量では補えない様々な社会活動が停止に追い込まれ、孤立、孤独を強いられる。現代人は、個体では食料ひとつそろえることはできない。
テレコミュニケーション能力の獲得と浮き彫りにされた孤独感
幸運なことに20世紀以降、人類は電話を始めとするテレコミュニケーションを手に入れ、顔を突き合わせなくとも、コミュニケーションを可能とした。またラジオ、テレビ、インターネットを介したメディアもぞくぞくと登場し、むしろ言葉を耳にしない日常は雲散したとしても過言ではない。
特にインターネット・プロトコルを活用したコミュニケーションは、メール、メッセンジャー、SNS、音声・映像を駆使したリモート・ツールなどなど実に多彩なテレコミュニケーション領域を開拓、いまやバーチャル、メタバースとその行く末は想像の域を越えそうだ。またeコマースとデリバリーシステムの発達により、先進国においては手に入らない商品はないのでないかとさえ思わされる。
だが、人々の孤独感はそうしたツールでは、埋められないようだ。
日本政府は2021年 2月に孤独・孤立対策担当相を新設。内閣官房孤独・孤立対策担当室が21年12月から翌年1月にかけて全国の16歳以上の2万人を対象に行った『人々のつながりに関する基礎調査』では、67.6%が「人と直接会ってコミュニケーションをとること」が減ったと答えている(有効回答者数1万1867人)。
これには、孤独という主観的な感情を数値測定するために策定された「UCLA孤独感尺度」により、回答をスコア化し、そのスコアにより孤独度を算定する「間接質問」も用いている。その結果、直接質問にて孤独を感じる人は、「時々ある」まで含めても19%。だだ、この間接質問においては33.4%が孤独を感じるとしている。この調査は初回のため、リモート前との比較ができないため、今後の追跡調査が待たれる。
一方、野村総研による『コロナ禍の生活の変化と孤独に関する調査報告』では、2021年5月と22年3月の調査レポートがあり、その推移が多少見て取れる。
本レポートによると、新型コロナウイルス流行前と比較し、孤独を感じる人は、男女ともに全世代において増加している。しかも全世代を通じ、女性のほうが男性よりもおしなべて数値が高い。20代におけるコロナ前後での孤独感増加は男が53%、女性が54%と大差がない。しかし、「日常において孤独を感じる」となると同じn数でも、男性が55%であるのに対し女性が65%と差が広がる。60代においてはコロナ前後での孤独感の増加は、男性が32%に対し女性は59%と大きく開きがある。
同総研による21年5月と22年3月とほぼ1年の間に、40代の男女、60代の男女でそれぞれ前年比9%と同じ比率で孤独を感じる割合が増加。しかし20代では男性の増加率がわずか2%に対し、女性は8%増加。そもそも女性は21年の調査でも20代が57%、30代が56%と孤独を感じる割合が高く、22年の調査になると、それぞれ65%、58%となり、孤独感が際立つ。この男女の差異については、日本社会特有のジェンダー格差が影響しているかどうか、この調査では考察されていない。
内閣官房孤独・孤立対策担当室は、こうした調査結果について「会社組織という帰属意識によって埋められていた孤独感が、リモートワークという他人と接することのない働き方に切り替わった段階で、もともとの孤独が顕在化した」と推察を加えている。
孤独・孤立の解決策は「他者との関係性に注意を払うこと」
物語ることのできる高度なコミュニケーション能力を備え、集団で行動することがホモ・サピエンスの特長である点を省みると、孤立および孤独もまたその特長を打ち消してしまう人類の敵である。
日本ではイギリスに続き、孤独・孤立対策担当大臣が設置されるなどの対応は見られるが、どこまで行っても政府がひとりひとりの孤独に寄り添うというのは、非現実的だろう。政府も自治体もセーフネットまでの対策を打つ意思はあるだろう。しかし政府が個人個人が抱える孤独から救うのは、不可能だ。
池澤夏樹の小説『スティル・ライフ』はこんな一節から始まる。
「この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れるための容器ではない。世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない」。
しょせん人は、ひとりで生まれ、ひとりで死んでいく。その現実が雲散することはない。そうであるならば、まずは自身に働きかけ、自身の孤独については、常に見つめておく必要はある。
人間の幸せについて1938年から研究を始め、自身が禅僧でもあり精神科医でもあるハーバード・メディカル・スクールのロバート・ウォルディンガー教授は、こう表現している。
If you want to make one choice today that will make you healthier and happier ― pay attention to your connections with other people.
より健康で、より幸せになるために、ひとつの決断するのであれば、まず他者との関係性により注意を払うべきだ。
Robert Waldinger|What does the “good life” look like?
非常にシンプルかつ明快である。
同教授は、75年の長きに渡る研究の結果を次の3つに結論づけている。
- 家族、友人、コミュニテイ等、周りとのつながりを持つ人は、そうでない人よりも幸せで健康で長生きする
- 身近な人たちとの関係の質が重要
- こうした良好な関係性は脳をも守る
冒頭でもハルリの著にあるように、人類の特長は他者との高度なコミュニケーション能力だ。コミュニケーションは他者から授けられるものではなく、自らが働きかけなければならない能力でもある。
孤独の解決もまた、コミュニケーション能力を必要とする。自ら働きかけなければ、この孤独を埋めることができない。それはリモートもリアルも同様だ。その点、今一度、見つめ直してみるべきではないだろうか。
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