ハイブリッドワークの広がりと共に、オフィス移転を検討する企業が増えている。おそらく多くの人が、出社率低下による”オフィス縮小”を想像すると思うが、2022年の調査ではオフィス拡張の意向の方が縮小よりも上回っている。
今企業のオフィス事情に何が起こっているのか。今回は、直近の移転事例を基に、各社が目指したオフィスとは何なのか、どんな空間なのか、移転プロジェクトをどのように進めたのかについて紹介したいと思う。
2022春、オフィスは息を吹き返した
コロナが国内で感染拡大した2020年以降、オフィスの在籍人数およびオフィス面積はそれまでに比べ減少傾向であった。しかし、2022年春に行われたザイマックス総研の調査『大都市圏オフィス需要調査2022春①需要動向編』では、どちらの指標も回復傾向だ。今後についての問いでも、オフィス在籍人数は「増える」と答えた割合が5ポイント上昇し、3年ぶりに30%を越えている。
拡張意向の理由は人数増加が首位となり、続いて快適性の向上や会議室の充足、採用強化、従業員のモチベーションアップなどが続く。
一方縮小意向の企業では、コスト削減やテレワークによる必要面積の減少などが上位だ。
事業拡大フェーズにある中小企業や、オフィス改革により出社を回復させたい企業では、面積を拡張することでワークスペースを充実させたい想いのようだ。
大企業では、出社率低下で無駄になる電気代や賃料のインパクトが大きいため、必要なスペースのみ確保しようという方針だろう。
いずれにしても、費用節約のための面積縮小がトレンドであった過去2年間に比べ、各企業は自社におけるオフィスの在り方や役割を見直し、再構築によってオフィスに新たな価値をもたらしているのだ。
働き方と空間づくりは表裏一体
オフィスには、従業員が働くために必要な広さと設備を備えた箱というハード面の役割と、従業員の帰属意識を高めたり、同僚や上司との人間関係構築、チームワークやイノベーションを生み出す場というソフト面の役割がある。
働き方が出社型からテレワーク、さらには出社と在宅を両立させたハイブリッドワークへと移行し、当初はハード面の最適化に目を向ける企業が多かった。しかし、新たなワークスタイルを導入した結果オフィスで自然に生まれていた対話が減り、一体感を感じづらくなるなど、単に床面積の調整では解決できない課題が顕在化した。このような課題を逆手にとり、柔軟な働き方を実践しながら企業力を高めるオフィスへと生まれ変わることこそが、企業が取組むべき次なる打ち手だ。
アジャイルオフィスにSDGs…6つのオフィストレンドとは
移転で叶えた理想のオフィスとはどんな場所だろうか。ここでは6つのトレンドを紹介しよう。
①コミュニケーション主軸のスペースを設定し、偶発的な会話を促進
コミュニケーションスペースの一つに、会議室がある。メンバーで集まって相談や意思決定をすることは仕事を進める上で必須のため、大抵のオフィスには会議室が備わっているだろう。
今注目されているのは、このような”議題ありき”で集まる会議室ではなく、ちょっとした相談や雑談ができるコミュニケーションスペースだ。たとえば、リビングのようにソファなどを配置し、ゆったりとした雰囲気で会話が進む「オフィスラウンジ」や、カフェ感覚でコーヒーを飲みながらリラックスして話せる「カフェスペース」、ほかにも色彩豊かな壁紙やおしゃれなオフィス家具を置き、カジュアルな気分を醸成させるなどのアイデアだ。グレー一色の机と椅子に囲まれるよりも、独創的なアイデアが生まれやすくなるだろう。
②シェアオフィスやサテライトオフィスで働く場所を分散
テレワークと同時に流行したシェアオフィスやサテライトオフィスも、年々増加傾向だ。シェアオフィスは、1つのオフィスを複数企業で共有するためランニングコストを抑えられる。サテライトオフィスは、郊外など賃料の低いエリアに第二のオフィスを構えるため、賃料の高い都心で広い面積を確保せずに済む。
シェアオフィスやサテライトオフィスのメリットは、コスト面だけではない。拠点が複数あれば従業員は住む場所の選択肢が広がるだろう。また、さまざまな企業が行き交う空間は刺激やモチベーションにつながったり、同居する企業間のコラボレーションも期待できる。
③フリーアドレスやABWを導入し、社員同士の協働や連携を活性化
固定席を廃止し、プロジェクトやタスクによって縦横無尽に動きまわれるフリーアドレスは、IT企業やベンチャー企業を中心に導入が進んでいる。また、フリーアドレスの発展形とも言えるABWは、オフィス内外問わずフレキシブルに働く場所を選ぶというもの。これらは、組織体系を柔軟に変え、試行錯誤しながら発展していく成長期の企業や、メンバーの流動性が高いタスクフォースもしくはプロジェクトを多く抱える企業にぴったりだ。
フリーアドレスやABWの実践には、自由に行き来するための動線設計や、視界を遮らない家具の配置などいくつかポイントがある。しかし、組織の壁を取っ払った仕事場は、スムーズな情報共有や社内連携を加速させるだろう。
一人ひとり固定電話の内線が設定され、問い合わせに対応する際は自席まで毎回戻ったり、上司のひな壇席に部下が呼ばれ、見せ物のように叱られたりする光景は一昔前の話だ。在宅と出社が混在するようになった今、こういった慣習は無意味となり、より柔軟かつスピーディーな意思決定ができるオフィスへの需要が高まっている。
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④状況に応じて可変できるアジャイルオフィスで環境の柔軟性を向上
機敏な、という意味を表す「アジャイル」という言葉は開発などで良く聞くが、オフィススタイルでもトレンドになっている。アジャイルオフィスは、状況に応じて仕様の変更が利くオフィスのことだ。
たとえば、出社中心の働き方ではオフィスの7割をデスクワークに使えるレイアウトにする。在宅を推奨する期間は同スペースを開放し、リラックス空間として自由に使えるようにする、といった具合だ。二毛作のように、限られた面積を用途に合わせて有効活用でき、無駄がなくなる。
他にも、パーティションで区切ってミーティングルームを即座に作ったり、背の高いテーブルを置いて、ある時はスタンディングミーティングに、またある時はカフェのカウンター席として使ったりするなど、アイデア次第で大がかりな工事無く可変できるのがアジャイルオフィスの魅力だ。
⑤環境に配慮したサステナブルなオフィスでSDGsへの取組み強化
オフィス改革をする際、生産性向上やコミュニケーション促進を目指す企業は多いが、環境への配慮も重要な観点だ。たとえば、省エネに効果的な照明選びや空調の設置を検討したり、物品は購入せずリース契約にすることで廃棄物を減らしたりすれば、環境保全につながる。
ビルによっては、環境性能認証を取得している場合もある。移転先を選ぶ基準の一つに入れると良いだろう。
ただし、エネルギーの節約ばかりに目が行き、従業員の健康を害するような環境になっては本末転倒だ。また、企業単位でエコ活動に取組むのであれば、従業員一人ひとりが日頃から環境へ気を配ることも重要なのは言うまでもない。
⑥リラックス効果や健康を高める工夫でウェルビーイングを実現
従業員の健康促進を会社として戦略的に進める「健康経営」。オフィスは従業員が長時間過ごす場所であり、健康経営を実践するための重要な鍵となる。
たとえば、オフィスの一角を社員食堂にし、従業員が福利厚生で栄養バランスの取れた食事を摂取できるようにしたり、仮眠室を設け、気軽に休憩できるようにしたりするなど、仕事以外の時間に目を向けたオフィス設計が必要だろう。適度な休憩は、生産性を上げると言われている。15〜20分程度の昼寝は「パワーナップ」と呼ばれ、仕事のパフォーマンスを向上させるそうだ。
五感に働きかけるような工夫も、リラックス効果を高めてくれる。観葉植物はブルーライトで疲れた目を癒し、アロマの香りは気分を落ち着かせたりリフレッシュさせてくれたりするだろう。
企業が違えば十人十色!!オフィス移転事例5選
①SAPジャパン|斜めに配置した”島”レイアウトで、歩きたくなるオフィス
SAPジャパン社は2022年9月に東京・大手町の新オフィスへ移転した。移転前は部署単位で部屋が区切られ、同一デザインの固定席が碁盤の目のように並んでいたそうだが、移転後は1フロアの面積を2.4倍に広げ、固定席を廃止、フリーアドレス制を導入した。斜めに配置した机により歩行を誘発させ、従業員同士の接点を増やす狙いだ。
なお、ウェルビーイングにも力を入れており、集中力を高めるBGMやリラックス効果のあるアロマディフューザー、運動器具の搬入を計画しているなど従業員は至れり尽くせり。
自由な過ごし方ができるオフィスだが、SAP独自のモバイルアプリケーションで従業員の居場所が見つけられる点も面白い。同アプリでは、用途別におすすめの会議室も教えてくれるそうだ。
日本経済新聞|SAPジャパンが本社移転 役員室や固定席を廃止
②freee|石庭にビーチ…社員の声を活かした夢のテーマパークオフィス
freee社は「従業員が行きたくなるオフィス」をコンセプトに掲げ、2022年8月に大崎の新オフィスへ移転した。同社はコロナ禍でも従業員が約2倍に増えており、オフィス拡張が急務であったが、同時に多様な人材が社内で偶発的に出会い、話題が生まれるようなワークスペースを目指した。
新オフィスに対するアイデアを社内で募った結果、216件の意見が寄せられ、唯一無二の個性的なオフィスが完成した。壁一面に駄菓子が張り付けられた、昭和版「お菓子の家」のような会議室や、植物にテントにハンモックでキャンプ気分を味わえるエリア、円卓に座布団で石庭を眺めながら話せるスペース、ビリヤード場やビーチを模した空間など遊び心満載だ。また、オンライン商談用に防音効果のあるフォーンブースや、同社の大阪オフィスメンバーと等身大の姿を見ながら話せる場所など、オフィス外とのコミュニケーションがスムーズに取れる仕掛けも充実している。
さらに、各フロアの空席状況をリアルタイムに把握できるセンサーで、各区画の使われ方や従業員の行動範囲なども分析可能。まだまだ進化していく予感がする。
InpressWatch|freee、大崎にオフィス移転 「行きたくなるオフィス」に
③NTTコミュニケーションズ|コミュニケーションを促進させるオフィスづくり
NTTコミュニケーションズ社は2019年1月に大手町プレイスへ本社を移転。「プロムナード」と呼ばれる社員が集うスペースを各フロアの中心に置き、それを囲むように座席が配置されている。コミュニケーションが仕事の核である、と言わんばかりのレイアウトは、従業員同士の関わり合いを促進させ、信頼関係や一体感を醸成させるだろう。もちろん、個室の会議室もあるが、壁をガラス張りにするなど、とことんオフィスの「オープン化」にこだわっている。
さらに、他社との共創を促進させる意図で、同社の強みである先端技術を最大限発揮した「OPEN HUB Park」をオフィス内に構築した。近未来的なデザインやデジタル体験ができる仕掛けは、来る人を魅了してやまないようだ。まるでモダンアート美術館にでも入り込んでしまったかのような、浮遊感や透明感が感じられるオフィスは、訪問客の期待を醸成させ、ビジネスの共創を活性化させるに違いない。このクリエイティブなオフィスが評価され、経済産業省が後押しするニューオフィス推進協会より「日経ニューオフィス賞」を受賞している。
OPENHUB|最先端技術を備えた新たなビジネス共創の場が誕生
一般社団法人ニューオフィス推進協会|2022年度 第35回日経ニューオフィス賞
④トリビュー|白基調の内装と広々リビングで疲れをリセットできるオフィス
美容医療系の予約アプリを提供するトリビュー社は、事業急成長に伴い、事業部間のコミュニケーションや連携強化を目的に2022年9月、恵比寿へオフィスを移転した。白と木を基調にした明るい内装は、まさにクリニックやエステサロンのような清潔感で満たされている。
エントランスから執務スペースへ向かう途中に設けられた広いリビングスペースは、従業員が仕事前後にふらっと立ち寄りやすい休憩場所になっている。
また、会議室の49インチのモニターは、リアルとリモートのメンバーをつなぐ役割を果たす。オフィス内でもオフィス外でも、コミュニケーションがスムーズに取れるような工夫が施されている。
PRTIMES|急成長のトリビュー、本社オフィスを恵比寿に移転
⑤ユーザベース|新たな「街」の出現!多様な人がストリートを行き交うオフィス
経済情報メディア「NewsPicks」を提供するユーザベース社は、”ビジネスを楽しむ。”を体現する新オフィスを丸の内に構え、2022年7月に移転した。同社は2008年の創業以来、企業の成長に合わせて軽やかに移転を繰り返しており、今回が6度目となる。
丸の内オフィスは、まさに「街」だ。縁石が敷かれた道にベンチやバス停が配置され、まさに多様な人々が行き交う様子を想起させる。
また、訪問客をわくわくさせることにも余念が無く、イベントでオフィスに訪れた人は、天井から柱に続くダクト型のデジタルサイネージに度肝を抜くという。なお、イベントスペースを3つ構え、同時開催を可能とするなど社外との積極的な交流も叶えるオフィスだ。
オフィスバンク|「共創」「熱」「象徴」をコンセプトに掲げた「街のようなオフィス」ユーザベースの新オフィスへのこだわりとは?
新しい「ワークプレイス」を取り入れた働き方が広まっています。