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「出社したくなるオフィス」、サイバーエージェントが具現化した可変性とABW 強制とモウレツは時代遅れ

その昔、東京・汐留の大手代理店では『鬼十則』なる行動規範が明文化されており、社員に配布されるビジネス手帳にも記載されていた。

中には「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…」という一句も見られ、広告業界の「モウレツ」ぶりを体現する訓示となっていた。手帳には実は英訳も記載されていたが、上記の一文は単に「Never Give Up」とだけされていた点もまた興味深い。

同社はまた夜の宴席も多いことで知られており、上司からは「翌朝は這ってでも会社に来い。デスクで寝ていてもいい」と通達された事実もある。「モウレツ」ぶりは、明文化されていない暗黙のルールにも反映されていた。

イーロン・マスクの発言が波紋。「40時間以上の出社を」

そんな時代も今は昔。働き方改革と新型コロナ・ウイルスの襲来により「這ってでも」行かなければならなかった会社は一時「行きたくても行けない」場所に変わり、現在は出社義務も薄れつつある。隔世の感だ。

それでも緊急事態宣言が明けた日本では、通勤、出社を躍起になって促す経営者、会社が増えている。そんな国は島国根性の日本だけかと思ったら、海の向こうからこんなニュースが飛び込んで来たのは記憶に新しいところ。ロイター通信によると「テスラのイーロン・マスクCEOが全社員に向け、週40時間以上出社しない者は辞めたものとみなすとメールした」という。

“Everyone at Tesla is required to spend a minimum of 40 hours in the office per week,”

“If you don’t show up, we will assume you have resigned.”

“The more senior you are, the more visible must be your presence,” Musk wrote. “That is why I lived in the factory so much — so that those on the line could see me working alongside them. If I had not done that, Tesla would long ago have gone bankrupt.”

REUTERS|Elon Musk tells Tesla staff: return to office or leave

さらに上記の通り「上級職こそ姿を見せなければならない」とし、マスクCEOは「工場に住み込み働いて来た」と自身を鑑とせよと社員を鼓舞。「そうでなければテスラはとうの昔に倒産していた」と言及した。

マスクCEOは本件について、ロイターを含めメディアの問い合わせに対し一切正式に回答を出していないとされる。GAFAを始めとするIT企業がリモートもしくはハイブリット勤務を継続している中、いわゆる「最先端テック企業」の一翼と目されるテスラの勤務は「驚くべき」旧形態に戻るのか、着目しておきたい点だ。

創業者でありCEOであるマスク氏だからこそ、大号令をかけることができるのだろうが、日本のサラリーマン社長ほか中途半端な管理職がこんな号令をかけたのであれば、「リモハラ」さえ存在する現在において「パワハラ」のレッテルは免れないだろう。

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では、社員に出社を促したい企業としては、どんな努力が課せられるのだろうか。

単純に考えれば、こうした経営者たちが、イソップ寓話『北風と太陽』や童謡『ほたるこい』を知らないのかと首をかしげざるを得ない。マスクのように高圧的に強要すれば、反発を招くのが世の常。コートを脱がすには北風でひっぺがすのではなく太陽で照らし、ホタルを呼ぶには「甘い水」が常識である。在宅勤務よりも住環境のよいオフィス、もしくはサテライト・オフィスなどを提供すれば、企業もしくは経営者の思惑は解決するのではないだろうか。

「Activity-based Working (ABW)」の具現化

オランダでは1990年代には「Activity-based Working (ABW)」が具現化され、業務内容によって効率化すべく、オフィスのありようにもダイバーシティが取り入れられたとされる。

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リモートワークの実施により、リモートミーティングという形式も増加。働き方の「アクティビティ」も多様化した。ざっと思いつくだけでも、アクティビティの種類は以下に分類できよう。

  • 単独での集中作業
  • 単独での電話およびリモートミーティング
  • 複数で行う作業
  • 複数でのリモートミーティング
  • 多数での会議
  • 専門的なツールを必要とする単独作業
  • 休息・休憩
  • 複数での相談・雑談
  • 外出先での作業
  • 外出先でのリモートミーティング

などなど。

しかも、このそれぞれをひとりの社員がその時々で適宜このアクティビティを使い分けなければならない時代となっている。

こうした作業別に業務環境を提供するのが、ABWだ。当該記事にすでに記載があるようシスコ・システムズ合同会社、株式会社OKANなどがABWの導入事例として挙げられている。

出社とリモートワークの「良いとこ取り」

株式会社サイバーエージェントの環境推進室・布施篤室長は、自社での取り組みについてこう語る。

「ABWという発想そのものは取り入れてはいませんでしたが、弊社ではそもそも『可変性』を大事にしています。今回の新型コロナによる完全リモートワークもそうでしたが、リーマンショック、東日本大震災など、常に対応を余儀なくされる局面があります。弊社ではそうした際もスピード感を持って、働き方の最適化を促して来ました」

サイバーエージェントでは2020年3月末から一旦は完全リモートワークに移行。しかし、緊急事態宣言が明けてからは、特定の曜日をリモートワークの日とする「リモデイ」の運用を開始し、週2回のリモートワークと3回の出社を基本とした。それもあくまで「基本的に」とし、出社とリモートワークの「良いとこ取り」を推進して来たという。

これに対応し、オフィスにおける具体的な導入事例は、

  • 出社していながらリモートでのミーティングに対応するため、5800坪に対し「リモートボックス」250台を増設。
  • 会議などに利用できるオープンスペースを約300席拡張
  • リモート・ミーティング後の息抜きのため、社内カフェの増床
  • 一部をフリーアドレス化
▲サイバーエージェントのオフィス内リモート会議に対応したリモートBOXエリアが設置されている


他にもオフィス活性化施策の実施。

例えば、渋谷の有名飲食店協力のもと美味しいランチが食べられるイベント「アベ渋横丁」を企画。ちょっとした大人の「本気文化祭」のようで社員同士のコミュニケーションの活性化にもつながると人気を博し、現在次回企画を計画中という。

▲サイバーエージェントが企画したアベ渋横丁の様子

サイバーエージェントの働き方は「アメーバ」のように自由自在

こうした会議室やリモートボックスの増設については、思い付きや感覚に頼るのではなく、定量的なデータに基づき実施している。リモートワークが常識となった現在、社員の出社率はどの程度か、会議室にいたってはスケジュール上での「満室」を試金石とするのではなく、センサーにより実際の稼働率を計測、こうしたデータの掛け算により、ニーズを算出しているのだとか。

渋谷の街中に点在していたサイバーエージェントは2019年3月、渋谷・宇田川町のAbema Towers(アベマタワーズ)」に本社を移転。「その際、オフィスのコンセプトが『渋谷の街』そのものだったんです。つまりいつも変わりゆく渋谷と同様、弊社オフィスも可変性を持ち、常に変化を意識して行く。このコンセプトが今回の新型コロナ禍には、まさに生かされたかたちです」と布施室長。

新たな働き方としてハイブリッドワークを推進する中、黙々とひとりで集中して行うような作業はリモートワークの日に行い、チームでアイデアを出しあうようなブレスト会議は出社日に設定するというように、目的に応じてオンライン・オフラインを使い分ける社員も増えてきたという。

「社員の声は積極的に拾っています。オフィスにおける余白もあえて意識している状況です。そのスペースも社員の声によってどう活かすのか、常に検討しています。出社の比率が高くなっている現状も『オフィスに来てね』と呼びかけるのではなく、『オフィスに来るのっていいよね』と感じてもらえるコンセプトで常に配慮しています」(布施氏)。

サイバーエージェントの働き方は、まるで同社のアイコン「アメーバ」のように自在に機能しているようだ。

やはりイーロン・マスクは間違っている。

「会社に来なければクビだ」とメールを送る前に、そもそも自身の作り上げたオフィスは社員を魅了する居場所だったのかどうか、今一度立ち戻って見るべきだったのではないだろうか。もちろん、それは日本の数々の企業にも当てはまりそうだ。

私のCNN本社勤務時代、毎週金曜日は「ドーナツ・デー」だった。夕刻になるとキッチンに無償のドーナッツが山盛りおかれていた。疲れた社員がスイーツを求め、キッチンへと集まると自然と雑談と会話が広がり、普段は交流のないメンバー同士での会話から思わぬ企画が生まれたものだ。アメリカ人は、日本人が想像するよりも遥かにドーナツ好きであることを書き加えておく。

ほんの些末な工夫だが、これだけで社員の流れは変る。こうした工夫を意識せず、強制的に出社を促したとしても、長期的には社員を失うだけだろう。そして結局は優秀な人材が流出して行くに過ぎない。前回もAppleが、Googleから引き抜いた機械学習の専門家が辞職。原因は「働き方の自由度」の問題というテーマを取り上げたばかりだ。

経営者の好むと好まざるとにかかわらず、これは時代の流れに過ぎない。

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松永裕司
Forbes Official Columnist ● NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ MSN+毎日新聞プロデューサー/ CNN Chief Director などを歴任。出版社、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験から幅広いソリューションに精通。